中間点B(3)

「拝み屋さんは、徳島に伝わる牛牛入道退治のお祭りと、地元でもともと行われていた『虫送り』っていうお祭りを合体させて、新しい儀式を考えた。それが『うしむし送り』だ。牛に悪さをする『うしむし』を、ワラで作った牛の人形に閉じこめて、たき火で焼いてしまうのさ。……つっても、もちろん、そういう『フリ』をするだけなんだけど」

「……そんなの、ほんとに効いたの?」

「効いた」

「うそぉ」

「効いたんだ。『うしむし送り』をすることで、ぱったり牛は死ななくなった。で、それがそのまま年中行事になって、二十年前くらいまで続いてたって話。いまは牧場も全部ベッドタウンになって牛なんていないから、やらなくなっちゃったけどな。昔は、暮田神社ででっかくお祭りやって、屋台が出たりもしてたんだって」


 拝田くんはそう言って話を終えると、にやっと笑った。

「なんていうか、ロマンだよな。パッと見、どこにでもありそうなただのお祭りに、そんなエピソードがあるなんてさ」


 正直、わたしに拝田くんのツボはさっっっぱりわからなかったけど、話そのものは興味深かった。

 できれば、もっとたくさん聞きたかったんだけど……その前に、昼休み終了の予鈴よれいが鳴ってしまった。



 午後の授業が進むにつれ、ラビュリントスへ迷いこむときが、だんだん近づいてくる。

 そのうち、不安でおなかが痛くなりはじめた。

 しばらくはがまんしていたけれど、体調は悪くなるいっぽうで、五時間目の体育の終わりごろには、とうとう目まいを起こしてダウンしてしまった。


 先生の指示で、保健室まで連れていかれる。

 貧血だろうと診断されて、六時間目はベッドで寝いていいことになった。

 クラスの保険委員が、教室からわたしのかばんを持ってきてくれる。

 わたしが落ちつくと、養護教諭の先生は用事があると言って出ていってしまった。


 わたしは、保健室でひとりきりになった。

 ラビュリントスのことを考えると心臓がバクバクして、とても眠るどころじゃなかったけれど、特にできることもない。


 しかたなく、わたしは昼休みに借りた妖怪図鑑をパラパラめくってすごした。

 拝田くんの「うしむし送り」の話が頭に残っていたせいか、なんとなく、牛っぽいおばけのページにばかり目がとまる。


 牛鬼うしおに……牛の顔をした怪物。海から現れ、人を食う(牛のくせに草食じゃないの?)。濡女ぬれおんなという女のおばけといっしょに現れるとも、牛鬼自身が女に化けるともいわれる。

 くだん……牛の胴体に、人の顔がついたおばけ。普通の牛から生まれ、未来のできごとを予言すると、すぐに死んでしまう。


 特に、件、というおばけのことは気になった。

 人の顔のついた動物で、予言をするというところが、なんとなくあの人面犬に似ている気がしたのだ。


 どこかに、もっとくわしく書いていないかなと思ってページをめくっていると、


 ジ……ジジッ。ジジジッ。


 天井のほうから、虫の羽音がした。

 チン、チン、と蛍光灯に体当たりする音も聞こえる。


 窓のすきまから、カナブンでも入ってきたのかな。


 そう思って、わたしがベッド横のカーテンをひくと、そこに保健室はなく、うすよごれたコンクリート打ちっぱなしの空間が広がっていた。

 窓はなく、地下の駐車場を思わせる雰囲気。

 天井からは、かさのついた裸電球が下がっている。


 わたしは保健室のベッドごと、三度目のラビュリントスへ迷いこんでしまったのだった。

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