中間点B(2)

「んー、まじめってわけじゃないかな。おれは自分が行きたいだけだし」

「……そうなの?」

「あそこ、中高一貫で、クラブによっては中等部も高等部もいっしょに活動してるだろ。歴史クラブもそうでさ。毎年、高校生の先輩たちが、県内のいろんな史跡しせきに連れてってくれるらしいんだ。おもしろそうじゃん、そういうの」

「ん……そ、そうだね」


 正直、わたしにはあんまりおもしろさがわからなかったけれど……拝田くんが、受験のあとにやりたいことまでしっかり考えているのにはおどろいた。

 わたしには特に、中学でやりたいことなんてなかったから。

 わたしはただ、お母さんがそこにしなさいと言ったから勉強しているだけだ。中高一貫で授業も早くて、大学受験で有利。そういう話は何度も聞かされていたけど……どういうクラブがあるかなんて、何も知らない……。


「えーっと。で、暮田市内の怖い話だっけか」


 横すべりしてゆくわたしの考えを、拝田くんのひとことが引きもどす。


「いくつかあるけど、おれは、『うしむし送り』が好きなんだよな。前に、おれのじいさんが教えてくれた話なんだけど」

「う、うじむし?」


 それって、ハエの幼虫なのでは。


「違う違う。うじじゃなくて、うしむし。牛を病気にして殺す……虫っていうか、妖怪っていうか」

「ふーん……?」

 身を乗りだしたわたしに、拝田くんは話しはじめた。


「明治とか大正とかのころは、このへん、ほとんど野っ原でさ。峰背みねせっていう牛飼いの一族が、でかい牧場作って栄えてたんだ。でも昭和のはじめに峰背家は没落しちゃって、戦争もあって……このへん一帯、すっかり荒れた土地になっちまった。それじゃよくないってんで、戦後、県が助成金を出して、また立派な畜産農場を作ろうとしたんだよ。だいたい五、六十年くらい前の話だな」

「はあ」


 なんだか歴史の授業みたいなのがはじまって、わたしはとまどった。

 あの、わたしが聞きたいのはそういうのじゃなくて、おばけの話なんだけど。

 拝田くんは、そんなわたしの気持ちに気づいたようすもない。


「ところが、いざ牛を飼いはじめてみると、問題が起きた。せっかくの牛が、やたらと死ぬんだ。虫さされみたいな傷ができたかと思うと、傷口がうんで、くさって、全身に毒がまわってあっという間に死んでしまう。伝染病を媒介する虫がいるのかと思って調べたけれど、不思議と、それらしい虫は見つからない。……そこで牧場関係者のひとりが拝み屋さんを呼んで、おはらいしてもらうことになった」


 お、ちょっと怪談っぽくなってきた。


「話を聞いて、拝み屋さんは言った。『以前、四国の徳島で似たような話を聞いたことがある。そこには牛牛入道うしうしにゅうどうという化け物がいて、それを追い払う祭りをしないと、飼っている牛が、不思議な病気で次々と死んでしまうのだ』ってな。……この牛牛入道って妖怪は、長谷さんが持ってる妖怪図鑑にも、『牛打ち坊』って名前でのってるよ」

 言われたとおりに図鑑の索引さくいんを引いてみると、確かに、真っ黒いカゲみたいな怪物の絵が描かれたページが見つかった。


「名前は違うのに、同じおばけなの?」

「とは、言いきれないけどな。おばけなんて、どうせ形としては存在しない、人間の心の中だけのものだから。よびかたや、人の考えかた次第で、どうにでも変わるもんだと思うぜ」


 そんなことないよ。わたし、二度も本物のおばけに追いかけられたもん。

 ……なんて、わざわざ言ったりはしなかった。

 どうせ信じてくれないだろうと思ったからだ。

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