第四階層・参り女(5)

 ペタ、ペタ、と裸足の音をさせながら、女が追ってくる。

 さいわい、女の足は速くなかった。

 腕も足もガリガリにやせていて、一歩ふみだすたび、ぐうらり、ぐうらり、体が左右にぶれる。まるで「やじろべえ」みたいで、見るからに危なっかしい。

 だからって、心配する気持ちはぜんぜんわいてこなかったけど。


 少し距離をかせいだところで、モネちゃんがカンテラの灯をふっとふき消した。

 いきなり目の前が真っ暗になって、わたしは悲鳴をあげる。

「な、なんで消すの!」

「明かりをつけていたら、こっちの場所を教えるようなものでしょう」


 はじめはパニックになりかけたけど、暗闇の中を走るうちに、少しずつだけど目がなれてきた。

 だけどその代わりに、ふたりとも息があがりはじめる。

 このまま走りつづけるのは無理だ。どこかで、あいつをやりすごさないと。

 モネちゃんは後ろをふりむいて、女の姿がないことを確認すると、開けっぱなしになっていた扉のひとつへすべりこむ。

 そこは、わたしが最初に出てきた女子トイレだった。


 わたしを連れて、モネちゃんはいちばん奥の個室へ逃げこんだ。

 カギをかけようとしたけど、びて動かない。しかたなく、ドアを手でおさえる。

 わたしは、もうれつにイヤな予感がした。

「ちょ、ちょっと。まずいんじゃない。ここ」

「……確かに、失敗したかもしれないわね。行きどまりだもの」

「それもあるけど……」

 これ、完全に怪談でよくあるパターンじゃん。


 そのとき、ペタペタとリノリウムを踏む足音が、廊下のむこうから聞こえてきた。

 わたしとモネちゃんは、あわてて息を殺す。

 そのまま通りすぎてくれないかという、わたしの淡い期待を裏切って、女の足音は、トイレの前で止まった。

 ゆっくりと、トイレの中へ踏みこんでくる。


 コンコンコン。

 ギイーッ……。


 入口に一番近い個室をノックしてから、中をのぞく。音を聞くだけで、女の動きがはっきり見えるようだった。


(うわ、うわ。ほんとに怪談のパターンどおりだよ……)


 さっきの、壁に打ちつけられていた低学年の服を思いだして、わたしは体のしんがサーッと冷たくなるのを感じた。


 コンコンコン。

 ギイーッ……。


 コンコンコン。

 ギイーッ……。


 個室を確認しながら、女は少しずつ奥へとやってくる。ふーっ、ふーっ、という荒い息づかいが、確実に近づいてきていた。


 次はいよいよ、わたしたちの隠れている個室だ。

 身を固くして待つ。

 けれど、なかなかノックされない。

 まさかと思って顔をあげると――今まさに、ドア枠の上から女が顔を出そうとしているところだった。

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