第四階層・参り女(4)

 釘の打ちつけられた場所にそって進むと、他とは明らかにようすの違うものを発見した。

 低学年の子がかぶるような黄色い帽子に、Tシャツと半ズボン、くつしたとスニーカーがひとそろいまとめて、まるで人の形を再現するみたいにはりつけにされていたんだ。

 さびをなすりつけたような黒っぽいよごれが、そのあたりの壁や床にべったりついているのを見て、わたしたちは、思わず顔を見合わせた。


「これって、もしかして……わたしたちの前に迷いこんだ、だれかの……」

「……かも、しれないわね。ここからは慎重に行きましょう」


 そこからさらに進むと、エレベーターホールくらいの、ちょっと開けた場所に出た。

 教室の入り口らしきものがいくつかあり、天井近くの壁の一角に、ひときわ太い釘が打たれていた。

 釘には金属のリングがかかっていて、金色のカギがぶらさがっている。


「……あった!」

「ちょっと高いけれど、机とイスを重ねればとどきそうね。あたくしが下でおさえているから、柚子さん、上に乗ってくれる?」

「わたしが!? なんで」

「だって、あたくしよりも柚子さんのほうが背が高いもの」

「え~? ほとんど変わらなくない?」


 議論もむなしく、けっきょく、ジャンケンで負けたわたしが乗ることになってしまった。

 近くの教室から机とイスを引っぱってきて、壁にぴったり寄せながら積む。

 モネちゃんがイスの足をしっかりおさえるのを確認してから、わたしはイスの上に立ちあがった。高さはじゅうぶんだ。


 わたしが、カギのついたリングを釘から外した瞬間、


 バン!


 すぐ目の前の高窓に、教室の内側から、なにかがはりついた。

 女の顔だった。

 あぶらぎって固まった、ごわごわの黒い髪。その下の顔は、絵の具のようなもので真っ赤にぬりたくられている。

 それは、血走った目をいっぱいに見開いたおそろしい形相で、わたしのことをにらみつけてきた。


 反射的にのけぞったひょうしに、わたしはバランスをくずしてしまう。


「わあっ!」


 イスから転がり落ちる直前、モネちゃんが腰にしがみつくようにして受けとめてくれたけれど、同じ小学生の力でわたしの体重をささえきれるわけがない。

 わたしとモネちゃんはふたりいっしょにイスと机をなぎたおし、廊下にひっくりかえってしまう。


「痛っ……た……」

 打った肩が痛くて、すぐには起きあがれない。


 教室のドアがズズーッと引きずるように開いて、中から、さっきの女がゆっくりとすがたを現した。

 白い着物を着ていて、足元は裸足はだしだ。手には……大きな金槌かなづちを持っている。

 女は、ふーっ、ふーっ、と、肩で息をしていた。

 なにに対してかはわからないけれど、ものすごく怒っていることはまちがいない。


「うわ、わ、わあ……」

 おそろしさのあまり、わたしは声が出ない。


 一足早く立ちあがったモネちゃんが、トランクとカンテラをひとまとめに持ち、あいたほうの手でわたしを引っぱりおこした。

「立って! 走って!」

 わたしはふるえる手で、なんとかカギのリングをつかみ直すと、モネちゃんに引かれて走りだした。

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