第四階層・参り女(3)

「なに、あれ」

「わからないわね。……行ってみましょう」

 そう言うが早いか、モネちゃんはずかずかと歩きはじめてしまう。


 イヤな予感がしないと言えばウソになるけど、モネちゃんの、ちょっと強引なくらいの行動力はたのもしい。

 それにわたしも、少しずつではあるけれど、このおかしな状況になれはじめていた。


 しばらく進んだところで、コーン、コーンという音はふつりと聞こえなくなった。

 目標にするものがなくなって、モネちゃんの歩調がゆるむ。


 そこでわたしは、これまでずっと気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねえ。モネちゃんって、どこの小学校なの。わたしと同じ暮田くれた小じゃないよね」

「あら。どうしてそう言いきれるの?」

「だって、これまで学校で見たことないし……」

 わたしが言うと、モネちゃんは、いたずらっぽく片目をつぶってみせる。

「それは当然よ。あたくし、二学期から転入する予定なんだもの」

「えっ……転校生だったの!? 何年何組?」

「六年生だけど、組までは知らないわ。まだ決まっていないんじゃないかしら。あたくし、少し前まで外国にいたの。勉強の進みぐあいなんかの都合があって、編入は二学期からと決まったけれど、自分が通う学校がどんなものか知りたくって、昨日、こっそり学校をのぞきに来たのよ。まさか、こんなところに迷いこんでしまうなんて思ってもみなかったけれど」

「そうだったんだ……」


 外国にいたと聞いて、わたしはいろいろ納得してしまった。

 ちょっと変わったしゃべりかたも、おとなびた考えかたも、きっとそのせいなのだろう。


「じゃあ、夏休みが終わったら学校に来るんだ。同じクラスになれたらいいね」

「本当にね。あたくしも、柚子さんと同じ教室で勉強がしたいわ」

 と、ほほえむのと同時に、モネちゃんは、何かに気づいたように立ちどまった。


 カンテラをかかげて、壁の高いところを照らす。


「うわ」

 そこには、いたるところに釘が打ちつけてあった。

 そのひとつひとつに、ワラ人形に絵馬、ネクタイに写真、革靴など、いろいろなものがくしざしにされている。


「丑の刻参り……?」


 思わずつぶやくと、モネちゃんが片眉かたまゆを上げてこちらを見た。

「意外ね。柚子さんがそんな言葉を知っているなんて」

「う、うん、まあね」

 昨日、お父さんから聞いたばかりだということはだまっておく。


 モネちゃんはパチンコ台みたいになった壁に視線をもどすと、しげしげとながめた。

「おそらくさっきのは、この釘を打つ音だったんだわ。でも丑の刻参りって、こんなにやたらめったらなんでも釘づけにするようなものだったかしら。作法が間違っているのではなくって?」

 そうかもしれない。

 わたしは、昨日お父さんがしていた話を思いだした。丑の刻参りのやりかたを間違えたまま、見当違いなうらみを抱いて死んでしまった女の人のことを……。

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