第四階層・参り女(2)

 モネちゃんは手近な教室に入ると、机の上にカンテラを置いた。

 鉄とガラスでできたカンテラの中では、太いロウソクが燃えている。こんなの、いったいどこで買うんだろ。


 モネちゃんは手近なイスにすとんと腰をおろすと、かわいい顔にしかつめらしいシワをよせながら腕を組んだ。

「またこんなところに閉じこめられてしまうなんて、まったくひどい災難だわ。あたくしたち、このラビュリントスのおばけに目をつけられてしまったのかもしれないわね」

「ラ、ラビュ……ビュ?」

「ラビュリントス。迷宮という意味よ。神話によると、ラビュリントスにはミーノータウロスという怪物が住んでいて、ときどき少年少女を生贄いけにえに求めたというわ。わたしたちが何度もここへ引きこまれてしまうのも、ここに住むおばけがそうしているからじゃないかしら。ちょうど逢魔時おうまがときでもあることだし」

「うまが……とき?」


 知らない単語ばかり飛びだすせいで、わたしはさっきからオウム返しをしてばかりいる。


「要は、夕方のことよ。昔から、昼と夜の境界にある夕方こそ、おばけと一番出会いやすくなる時間だと言われているの。なんとかしてこのラビュリントスと縁を切らないかぎり、あたくしたち、いつまでたっても解放されないのではないかしら」

「ええっ。やだよ、そんなの。なんでわたしが……」

「まったくよね。……でも大丈夫。あたくし、さっき気づいたことがあるの。ちょっと、いっしょに来てもらえて?」

 モネちゃんはそう言うと、カンテラとトランクを手に立ちあがった。


 教室を出て、暗い廊下を歩いてゆく。

 また、どこかから人面犬が現れるんじゃないかと思うと、わたしは生きた心地がしなかった。

 これが夢かもしれないという考えは、ひんやり静まりかえった廊下の、リアルな空気にふれているうちに引っこんでしまう。


 曲がりくねった廊下をしばらく歩くと、階段があった。

 見おぼえのある引き戸からは、二階へとのぼれるようになっている。昨日、最後にわたしたちがくぐったのは、たぶんこの引き戸だ。

 その横に目を向けると、さらに下の階へとおりる階段があった。やっぱりカギのついた扉でふさがれている。


「……でも、おかしいよ。ここ一階でしょ。学校に地下なんてあるはずない」

「学校のような皮をかぶっているだけで、学校ではないのかもしれないわよ。現にこうして、下へ行く階段はあることだし」

 モネちゃんはそう言って、扉についた南京錠をぶらぶら揺らす。


「この牛のレリイフを見て。ひたいに、『δ‘デルタ』のしるしが彫ってあるでしょう。昨日の錠前についていたのは、『ε’イプシロン』だった。ギリシア数字で、ε’イプシロンは5、δ‘デルタは4よ。普通に考えれば、残った扉は4、3、2、1。この四つの扉を開けることができれば、そこが終点なのではないかしら」

「よっ……四つ?」


 昨日みたいな怖いことを、あと四回も?


「そんなことできないよ……。扉なんか無視して、そのへんの窓から外に出ちゃえばいいんじゃないの? ちょうど一階にいるんだし」

「とっくにためしてみたけれど、窓、開かないみたいよ」

「うそっ」

 わたしはあわてて、いちばん近くの窓へと走った。


 モネちゃんの言うとおりだった。

 ロックを外したのに、力をこめても、びくともしない。

 なにかがひっかかっているとかじゃなく、そもそも最初から動くようにできていないように感じた。窓の形はしているけど、実際には単なる壁の一部、って感じ。

 そう思って見てみると、窓の外の景色も、なんだか写真をはりつけたように現実感がない。


 がっくりうなだれていると、モネちゃんに肩をたたかれた。

「大丈夫よ。力を合わせて、ふたりで脱出しましょう。とりあえずは、またカギを探さないといけないわね」


 そのときだった。


 コーン……。

 コーンンン……。


 どこか遠くのほうから、なにか甲高い金属音がひびいてきた。

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