第四階層・参り女(1)

 翌日は火曜日だった。

 授業のあいま、廊下を通りすぎるほかのクラスの子たちをよーく観察してみたんだけど、モネちゃんのすがたは見あたらない。

 ……そりゃそうか。あんなに目立つ子が同じ小学校に通ってたら、ぜったい見おぼえがあるはずだもんね。

 やっぱりあれは夢で、有間モネなんて子は、最初からいなかったにちがいない。


 がっかりした気分のまま一日がすぎた。

 帰りの会が終わって、教室を出る。

 出口の敷居しきいをまたぐ瞬間は少しだけ緊張したけれど、当然、おかしなことなんてなにも起こらない。

 すっかり安心したわたしは、その足でトイレに立ちよった。

 用をすませて、個室を出ると。


 トイレの中は、なぜか真っ暗闇だった。


「えっ」


 あわてて廊下へ飛びだすと、そこも暗い。

 窓の外には、無人になった夜の校庭が広がっている。

 おかしい。まだ三時すぎのはずなのに。


 さらにわたしは、もうひとつおかしなことに気がついた。

 窓から、地上の景色が見える。

 教室があるのは二階だ。だから当然、二階のトイレに入ったのに……わたしはいつの間にか、一階のトイレにワープしていたことになる。


 くらくらと立ちくらみがして、思わず壁に手をつくと、ガリッと痛みが走った。

 なにか、かたいものに引っかけてしまったらしい。

 窓からの星明りをたよりに目をこらすと、そこには──ぼろぼろのワラ人形が、太い釘で壁に打ちつけられていた。


 わたしはゾッとした。

 そして思う。

 わたしってば、また、変なところに迷いこんでしまったんじゃないだろうか。

 これは、『昨日の続き』なんじゃないだろうか。


 視界のすみに、オレンジ色の明かりがさした。

 ドキッとしてそっちを見ると、廊下の角のむこうから、なにかの光源が近づいてくるのがわかった。

 明かりを持った誰かが、こっちへやってくる。


 わたしは「隠れなきゃ」と思ったけれど、思っただけで体は動かなかった。

 ヘビににらまれたカエルみたいにすくんでいるわたしの前へ、廊下を曲がって、明かりの主がすがたを現す。


 それは――右手にトランク、左手に古めかしいカンテラを提げた、モネちゃんだった。

 カンカン帽に迷路柄のワンピースというかっこうも、昨日見たままだ。


「あら。柚子さん」

 そう呼びかけられて、わたしは、泣きたくなるくらいにほっとした。

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