中間点A(2)

「ま……まあ、それでも神頼みをやめられないのが人間ってやつなんだろうな。中学のころ、先生がこんな話をしてくれたことがあったよ。学校の裏手の山の上に、暮田くれた神社っていうのがあるんだけどさ」

「あ、知ってる。二年生の遠足で行った」

「そうそう、そこだ。昭和の終わりくらいに、そこで、うしこく参りをやろうとした女がいたそうなんだ」

「うしのこ……?」

「ほら、呪いの儀式でよくあるだろ。夜中の神社で着物の女が、ワラ人形に五寸釘をカーン、カーン……」

「ああ」


 それなら知ってる。確か、図書館の本で読んだんだったかな。

 偶然、呪いの儀式を目撃してしまった人が、呪いをかけていた女に追いかけてられるって話。

 最後、公衆トイレに逃げこんだ目撃者は、いちばん奥の個室に隠れるんだけど、女は個室をひとつひとつノックしながら近づいてくる。

 次は自分の隠れてる個室だ! と思って、みがまえていると……不思議なことに、いつまでたってもノックの音が聞こえてこない。

 もしかして、助かった?

 そう思って、顔を上げると……ドアをよじのぼった女が、天井とのすきまから自分を見下ろしていた。

 そんなオチだったと思う。


「……けど、牛なんか出てきたっけ?」

 わたしがたずねると、お父さんは声をあげて笑った。

「違う違う。丑の刻っていうのは、昔の時間のあらわしかたさ。たしか、午前一時から三時までにあたるんだったかな。十二支じゅうにしうしが由来ではあるけど、呪いと動物の牛は関係ない」

 と、ひとしきり否定しておいて、お父さんはふっと真剣な顔になった。

「……でも、先生の話に出てきた女は、いまの柚子と同じ勘違いをしてしまったんだな」

 呪いをかけようとした人なんかといっしょにしないでよ、と思ったけど、話の腰を折りそうなのでわたしはだまっていた。


「昔、このあたりには牛を飼う牧場がたくさんあった。それが理由で、暮田神社には牛の神様がまつられているんだ。で、丑の刻と動物の牛をごっちゃにしたその女は、暮田神社で呪いをかければ、牛の神さまが憎い相手を呪い殺してくれると思ったらしい」


 それは……だいぶひどい勘違いだね。


「当然だが、何度やっても女の呪いは成就じょうじゅしなかった。そして飲まず食わずで神社にかよいつめたあげく、最後は、自分のほうが衰弱して死んでしまったそうだよ。なんだか哀れな話だよな」

 お父さんはそう言って苦笑する。


 けれど、自分が死ぬまで誰かをうらみつづけることができるなんて、じゅうぶんこわい人だと、わたしは思った。



 家に帰ると、予想どおり、お母さんに遅刻の件をしかられた。


「柚子、最近、気がぬけてるんじゃないの? ダメよ。中学受験はやり直しがきかないんだから。ここでちゃんといい学校に行かないと、一度しかない学生時代をムダにしちゃうの。そうなったら、もう一生とりかえしがつかないんだから」

「はあい……」

 お母さんのお説教が長引きそうだと見るや、お父さんはこそこそとリビングから逃げていってしまった。

 怖い話やよくわからない物理の話はするのに、こういうときにはかばってくれないんだもんなあ。


 わたしがうつむいていると、お母さんは深いため息をついた。

「お母さんだって、なにも一生勉強しろなんて言わないわ。今だけがんばってくれたら、それでいいの。お父さんなんてね、いつまでも大学院に残って物理の勉強なんかしていたたくせに、ぜんぜん関係ない会社に就職したでしょう。おかげで同期の人より社会に出るのがおくれて、給料だって少ないままなのよ。柚子には、そういうふうになってほしくないの。人生を失敗しないでほしいのよ」

 もう何度も聞かされた話だった。そのたびに、わたしはずーんと気持ちが重くなる。


 夢の中でもいいから、「失敗しないで生きてくことなんてできない」と笑ってくれたモネちゃんに、また会いたくなった。

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