中間点A(1)

 塾の日はいつも、塾近くのコンビニまでお父さんが車でむかえに来てくれることになっている。

 わたしが後ろのシートに乗りこむなり、お父さんが言った。

「おかえり。塾、遅刻したんだって?」

「えっ。なんで知ってるの」

「塾の先生から、うちに電話があったんだよ。なにかあったのか?」


 うわあ、最悪。

 お母さん、ぜったい怒ってるよ。ただでさえ、「もう六月なのに志望校判定がCからあがらない」ってピリピリしてるのに。

 へこむわたしに気を使ったのか、お父さんは、それ以上くわしく詮索せんさくしようとはしなかった。

 無言でラジオをつけて、車を発進させる。


 コンビニの駐車場を出てすぐ、車が、犬の散歩中の人を追いぬいた。

「……うわ。犬」

「ん? 犬がどうしたって?」

「う、ううん、別に」

 一度口を閉じかけたけれど、やっぱり我慢できなくなって、わたしは言った。

「変なこと聞くけどさ。人間のおじさんの顔がついた犬、なんて……いるわけないよね?」

「なんだ急に? 人面犬じんめんけんの話か」

「知ってるの!?」

「よくある学校の怪談ってやつさ。父さんが学生のころにも流行ったよ、そういううわさ。どこかの高校の理科教師が遺伝子実験で生み出したとか、人の言葉で不幸を予言する……とかな」


 予言と聞いて、わたしはぞっとした。

 わたし……「死ぬ」って言われちゃったんだけど……?


 バックミラーにうつったわたしの青い顔をみて、お父さんは苦笑した。


「おや、そんなに怖かったかな。でも心配はいらないよ。未来予知なんてできないことは、もう、科学的に証明されているんだからな」

「……そうなの?」

「うん。昔、ラプラスという数学者がいてね。この世界のすべてを知っていて、どんなむずかしい計算でも一瞬で解いてしまえるほどの知性を持った存在ならば、未来のできごとだって正確に予測できるはずだと考えた。この存在を『ラプラスの悪魔』という。ところが、そんなラプラスの悪魔にさえ、未来を知ることはできないとわかった。なぜだと思う?」

「さあ……」

「量子力学という学問がある。物質をつくっている、目に見えないほど小さな単位──電子や中性子といったものをあつかう分野なんだが、そういう極小の世界では、物質は微妙に『ゆらいで』いることがわかったんだ。わかりやすく言うと、ぼくらが見ている世界はきちんと定まっているように見えて、実は、根っこの部分にあいまいさがふくまれているんだな。だから悪魔だろうと、神様だろうと、『この世界のすべてを知る』ことなんてできないし、そこから未来を予測することもできない」

「ぜんぜんわかりやすくないんだけど……」


 そもそも小六の娘にするような話じゃないよね、それ。


 お父さんには、すぐこうやって自分にしかわからないような話をはじめる悪いくせがあった。

 わたしのイラッとした気持ちがつたわったのか、お父さんは、首をすくめてハンドルをにぎりなおす。

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