第五階層・人面犬(8)

「えっと……ご、ごめんね。さっき、うまくできなくて……」

「チイズを落としてしまったこと? なんてことなくってよ。それよりも、あたくしが追いつくまで、扉を閉めずに待っていてくれて助かったわ。ありがとう、柚子さん」

「でも……」


 一歩まちがえば、モネちゃんはあの気持ちの悪い犬にかみつかれて、ケガをしていたかもしれない。そう考えると、自分のいくじなさがいやになってくる。


 そんなわたしの気持ちを見抜いたのか、モネちゃんはポンポンと肩をたたいてくれた。

「あたくしがいいと言っているのだから、すんだことをくやむのはおよしなさいな。人間、失敗しないで生きてゆくことなんてできないのだから、後からがんばって取りもどすことのほうが大事ではなくって」

 そう言ってスカートをはらうと、一階へ続く階段をおりはじめる。


 この子、話しかたも変わっているけれど、話す内容も、同じ小学生って感じがしない。

 それでも、このやさしくてたよりになる女の子のことが、わたしは少し好きになりはじめていた。


 階段をおりきったところには、また同じような壁と、アルミサッシの引き戸があった。見たところ、カギはかかっていない。

 モネちゃんが、ガラリとその扉を開けると、ぱっと目の前が明るくなった。


 気がつくと。

 わたしは、塾の教室の入り口に立っていた。


「えっ?」

 教室にいるみんなの目が、わたしを見つめている。

 わたしの所属する受験クラスの子たち。三分の一くらいは同じ小学校だ。

 ホワイトボードの前には理科の先生がいて、ちょっとふきげんそうにわたしを見ていた。

「長谷、何をぼーっと立ってるんだ。遅刻だぞ」

「あっ。ご、ごめんなさい」


 あわてて自分の席へ移動しながら、わたしの頭の中は「?」でいっぱいだった。


 やっぱり……夢だったのかな?


 ただ、おかしなことがあった。

 わたしは学校の上履きをはいたままだったのに、その裏は、少しも土でよごれていなかったのだ。

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