第30話 大根と豚骨つき肉の麺

「ふうん。なんか、聞けば聞くほどよくわからない国なんだな、伝声国は」

 感慨深げにため息をつきながら俊野は言った。

「そうだろうな。何せ、伝声国の国師であるはずの私ですら大してよくわかっていないくらいなんだから」

「ところで、いくら世襲制とは言え、お前みたいな子供でも、一国の国師にれるものなのか?」

「幻月観で作られる力さえあれば、何歳からでもなれる。私が伝声師になったのも、十三歳の時だった」

 俊野は水雲のお話の続きを聞きたかったが、水雲は口を閉ざすばかりだった。

 少しして、水雲が思い出したかのように聞いた。

「そういえば、どうしてお前は私が伝声師だとわかった瞬間に、地海国を滅ぼしてほしいと頼んだんだ?」

「決まってるだろ。伝声師が現れた国は滅びる運命にあるから、だよ」

 水雲はふん、と機嫌よくひと笑いした後で、右手に、今度は大色の光を宿らせる。つい癖で俊野が警戒してしまっていると、水雲はそんな彼をあざ笑うかのように、彼の膝に向けて、その光を放った。

「うわあああ!」

 俊野が腹の底からの叫び声を出して、すぐに、水雲はこれまでに見せたことのないほどの大きな笑い声をあげた。それは、わんぱくな少年が心の底から楽しい、と思って発されるものだった。

 水雲が笑っている間に、俊野はぎろっと彼を睨みつける。その刹那、俊野は両太ももが何やら熱くなっているのを感じた。そこへ目をやると、なんと箸の刺さった腕があった。しかも、湯気が立っている。それだけじゃなく、湯気の下には、大根と豚の骨付き肉の麺があった。

 こういう食べ物は、俊野がまだ秋風と秋月の下で暮らしていた時はよく食べていたが、鉄署に来てからは、全く無縁の食べ物となっていたのだ。俊野はつい懐かしさを抑えきれず、すぐさま箸を抜いて無我夢中で食べ始めた。

「どうだ? 味は合うか?」

 水雲は笑を抑えて、俊野がかちゃかちゃと食べる音を聞きながら尋ねた。

「うん、うまいよ。こんなうまいものは、久々に食べた」

 俊野が口に食べ物を入れたまま答える。それを見た瞬間に、水雲の顔にわずかに浮かんでいた微笑が完全に消え去った。

(あの時もそうだったな。)

 ほどなくして俊野は麺を食べ終わる。ふと水雲に目をやると、彼はまた今までのように、陰気腐った顔で、自身の足元を見ていた。

「おい、俺食べ終わったよ。ありがとうな。お前の術ってやっぱりすごいんだな。何もないところから、でも食べ物を出すことができるなんて」

「ふん。これくらい、大した事は無い」

「そうなのか? じゃぁ、さっきお前が使った術も、伝声師だけの特別な術なのか?」

 水雲は左手を掲げ、俊野の手元にある碗と箸を消してから、首を横に振った。

「これは伝声師だけの術じゃなく、私だけが使える術なんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る