【きみなぐ！】物理の聖女とこじらせ魔王『君が世界征服を諦めるまでボクは殴るのをやめないッ！』

Count 17 大魔王、イジられる。そしてやらかす

「円東寺クン、ちょっとあそこ……」

　止めとけ、巫子芝。指さすと指が腐るぞ。

　オレと巫子芝が魔力塔に着くと、入口の横に体育座りのまま転がっている麒麟人がいた。（注：タツコさんはトイレ休憩）

「うわ、ボク初めて見たよ、こんなになっちゃった人」

　アイツはハイライトの消えた目で現実逃避中だった。

「なにやってんだよ、もぅ……カギ替えたなんて聞いてないよ。やりすぎじゃないの？　吾輩、管理者だよ？　ちょっと魔子（マミ）分けてって言っただけなのに。ほんのちょーっとだよ？　普通に暮らして１週間分くらい？　あ、もうちょっと欲しいかな？　１ヶ月？　なんなら１年……」

　そこは言い切れって言ってるだろ。どっちにしろ分けてやる気はないけどな。

「おっ、やっと来たか要ェ！　早く開けろ馬鹿者が！　さんざん吾輩を待たせおって」

　人の話聞いてんのか？　天然クズ果汁１００％のアンタの前で開ける訳ないだろ。って言うか、足元の針金とか金ノコとか何だよ？　いつも持ち歩いてんのか。

「フン、まあよかろう。タダとは言わん。後で利子をつけて返してやる。１割、いや３……５割、なんなら倍に」

　どこのギャンブル狂だ！　借金取りが来ないうちにさっさと消えろ！

「大体おまえ、どうやって鍵を替えた？　この魔法錠は吾輩しか反応しないはずではなかったのか？」

　聞きたいか？　アンタがオレのパラメータを引っかき回したとき、アンタの魔法の波形がオレの中に残ってたんだよ。それを使って合い鍵を作った。まあ自業自得だな。

「おまっ、それは犯罪だろう！　やっていいことと悪いことがあるぞ！」

　アンタがそれを言うのか？　だったら自分の都合でオレの人生を滅茶苦茶にするのは許されるのかよ？

「当然だ。子供は親を支える存在。ひいては一族の繁栄に貢献する義務がある」

　アンタも貢献できてないけどな。そんな天動説時代の脳みそだから、誕生日は子供が親に手をついて感謝する日だなんて言うんだろうな。友達に聞かせたらどん引きされたぞ。

「えっ？　ボクも引いちゃうんだけど。それ実話なの？　ネタじゃなくて？」

　ほれ見ろ。ガリレオに謝れ。

「何をいう！　もう時効だ。大体冗談を真に受けるおまえの頭がおかしいのだ」

　いや、絶対本気だったよな？　……はあ、もういいや。とっとと帰れよ。何なら巫子芝の助走を付けた飛び後ろ回し蹴り（スーパーソニックジェットボーイ）で直送してやるぞ？　ニルヴァーナでも黄泉比良坂でも好きな所を選べよ。

「それ死んじゃうよね！　遠回しに死ねって言ってるよねェ！」

　そこにタツコさんが戻ってくる。

「なあに、まだやってたのそのコント？　キリンくんもいい加減にしたら？　じきに加護女ちゃんも来るから、それまで大人しくしててちょうだい」

　その言葉に急に麒麟人の顔色が悪くなる。

「かかか加護女？　まさかおまえが呼んだのか！」

「さっき加護女ちゃんが言ってたわよ。いいじゃないの。拝み倒して一緒になった仲なんだし」

「何でお前までそれを！　そ、それとこれとは話が違う！　ええい、この薄情者どもめ。……くそっ、こうなったら奥の手を出すほかあるまい」

　そう言って麒麟人が取り出したのは、派手な魔法装飾がついた大型の南京錠だった。

　またタイラントか？　もうオレの知っている人造竜人は残ってないはずだが？

「知るはずがない。こいつらは人造竜人のプロトタイプ。あまりに凶暴すぎて加護女も封印していた怪物だからな！」

「えっ、ちょっと待って？　キリンくん、どっから持って来たの、それ！」

　タツコさんが急に慌て出す。

「こんなこともあろうかと、加護女の魔導具蔵からこっそり拝借してきたのだ（注：窃盗です）。

　どうする？　取引だ。こいつの封印を解かれたくなかったら吾輩に手を貸せ。身の安全を保証しろ」

　そんなハッタリが通じるか。プロトタイプ？　白くてツノがはえてるのかよ。

「よしなさい、要くん！　あれは本当にヤバイのよ！　キリンくん、そいつをこっちに渡しなさい。……仕方無いけど、協力してあげるわ」

　何を言うんですか！　ここまで来て……冗談じゃない！　ならオレは多少のリスクを冒してでも、アンタを拘束して母さんに引き渡す。巫子芝、行けるよな？

「う、うん……あ、やっぱりダメだよ！　動物虐待と覚悟のない弱虫の相手はするなって師匠（じっちゃん）に口酸っぱく言われてたから」

「なっ……動物虐待？　弱虫だと？　ふ、ふふ……小娘、一応訊いてやるが吾輩はどっちなんだ？　あ？」

「え？　おじさんの好きなほうでいいよ？　なんなら両方がいい？　お得な感じだし」

「ちょっ！　安里ちゃん、それはいくらなんでも……くっ、ぷふっ！」

　タツコさんも思わず吹き出してしまった。

　やっぱり巫子芝の天然砲が一番だったな。こうかはばつぐんだ！

　そうして笑いをこらえられなくなったオレたちだったが、不意に南京錠が石畳の上に放り出される。その音に気づいて見ると、封印の鍵は開けられていた。

　そして麒麟人の顔からは、すっかり表情が抜け落ちていた。

「そうか。そんなに死にたいか？　……ならば死ね」