第22話 抱き枕

「魔王城の近くに棲息していた魔物が、まさかこんな所に現れるとはな」


 カレンさんが馬を止めて飛び降りると、


「アルス。悪いけど、スライムは一旦放すわよ」


 ニーナちゃんも風の精霊の力を解除して地面へ。

 その一方で、僕は馬を少し離れた木の傍へ連れて行き、二人を応援する事に。

 家で二人を待っている時もそうだけど、近くにいても何も出来ないのはもどかしい。


――GYEEEE


 ドラゴンの咆哮が苦しんでいるように聞こえる。

 カレンさんの剣技でドラゴンを切り刻み、ニーナちゃんの魔法が毒のブレスを防いでいるようだ。

 このままいけば、きっと勝てる……そう思ったところで、突然カレンさんの動きが鈍くなる。


「カレン様っ!?」

「あっ! 寝不足が……えっと、カレンお姉ちゃん、頑張って!」

「……っ! はぁっ!」


 前にカレンさんが寝不足になった時と同じように声を掛けると、少し動きが良くなる。

 だけどそれも一瞬の事で、すぐに動きが悪くなってしまう。

 そして遂に、カレンさんの動きが止まる。


「だ、ダメだ。眠い。十分……いや五分で良い。五分だけでも熟睡出来れば……」

「えぇっ!? でも、目の前にドラゴンがいるのに五分も……」


 カレンさんを馬に乗せて、何とか逃げれば……けど、近くに村があるから、この状態で僕たちが逃げたら、村を襲ったりしないだろうか。


「五分ね? 五分耐えれば良いのよね?」

「ニーナちゃん!? 待って! 一人でなんて無理だよ! それに、こんな場所で熟睡だなんて……」

「でも、やるしかないじゃない。ニーナでは、この魔物は倒せないの」


 そう言って、ニーナちゃんが僕たちを庇うようにしてベノム・ドラゴンの前に躍り出た。

 だけど、その直後にニーナちゃんの小さな身体が吹き飛ばされる。


「ニーナちゃん!」

「平気……風の精霊の力でちゃんと防御してる。そんなに大したダメージじゃない」


 慌ててニーナちゃんに駆け寄り、その身体を抱きかかえると、風の力で臭いを閉じ込めようとしたパープルスライムみたいに、フワフワした何かに包み込まれていた。


「あ……そうだ! ニーナちゃんが風の精霊の力で、カレンさんとニーナちゃんを宙に浮かせるっていうのは? その間、僕が魔物を引き付けて逃げるから」

「無理よ。ニーナの力じゃ、二人も空を飛ばせないし、今の作戦だとアルスが危険過ぎる。それに何より、宙に浮いたままカレン様が熟睡出来るの?」


 う……確かに。良い案だと思ったのだけど、肝心のカレンさんを五分熟睡させるという条件が抜けている。

 けど、だとすれば、どうすれば……


「いや、アルス君の案は悪くない。ニーナ君……私たちを運ばなくて良いから、馬から落ちないようにする事は出来るかい?」

「それくらいなら、出来ると思います」

「よし。熟睡については私に案がある。ニーナ君……十秒で良いから、時間を稼いでくれ」

「わ、わかりました」


 十秒で何をするのかと思ったら、カレンさんが僕を抱きかかえて、木の傍にいる馬に僕を乗せた。……逆向きで。

 そのままカレンさんも馬に乗ったので、僕とカレンさんが抱き合うような体勢になっている。

 そんな状態でカレンさんがニーナちゃんのところへ馬を走らせると、


「ニーナ君! 私の後ろへ乗るんだ!」

「は、はい!」


 ニーナちゃんの手を引っ張り上げた。


「ニーナ君。今から私は寝る。先程の風の力で私が馬から落ちないようにしたら、五分間馬を走らせて欲しい」

「それは良いのですが……眠れるんですか?」

「うむ。最高の枕……いや、抱き枕があるからな」


 ん? どこにそんな物が?

 と思った瞬間、カレンさんが僕を抱きしめ……押し倒してきた!?

 待って! 最高の抱き枕……って、僕の事なのっ!?

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