第3話

その後俺たちはカフェを出て帰宅した。


 カフェでは見てるだけでこっちが胸焼けするほど瑠璃がパフェにケーキにプリンととにかく甘いものを大量に注文し、ぺろっと平らげていた。


 瑠璃は「老いだね」など言っていたが、そんなわけあるかいな……まだ17だぞ。




 帰宅後は、すぐに夕食の準備を始めた。


 俺と瑠璃は現在、親とは別々に暮らしている……いわゆる二人暮らしだ。


 元々は俺が高校を実家から離れた魔法学校に通うために借りた一室だったが、瑠璃が俺の引っ越しに直前で猛反対をし、なら「私もその学校通う!」と言って聞かなかったため、両親がついに折れて二人暮らしをする今に至るというわけだ。


 魔法学校は中学から入れるため問題はなかったが、一人暮らしするために通うのを高校まで我慢していた俺の心情は少し複雑だが。




 そんなこんなで瑠璃との二人暮らしが始まったが、案の定というかなんというか、瑠璃は家事全般が全くダメだった。


 料理は焦がしてダメにするは、皿はすぐ割るは、物はすぐなくすは、ましてやゴミの分別と掃除は概念すら知らなかったのだ。


 実家では親がなかなかのお金持ちであったため、家にはメイドさんがおり、親の希望でメイドがつきっきりで瑠璃の世話をしていたのは覚えている。


 しかし、ここまで何も知らないダメダメお嬢様になっていたとは、親父の親バカもほどほどにしておいて欲しかった。


 そのため、家事に関しては俺が一人ですることとなった。俺も甘いため人のこと言えないが。




 それがもう2年前の話だ。


 今日も今日とて俺は台所に立ち野菜を切っていた。


 今日の献立はみんな大好きカレーだ。一気に大量に作ることで余った分を次の日の朝ごはんや晩御飯などにもできる。なんと素晴らしいことか。


 俺は鍋に炒めた野菜に水もルーも加えて煮込みながら焦げないようにとヘラでかき混ぜていた。


 そんな時だ……瑠璃が後ろから抱きついてきたのは……。


 急な出来事に俺は驚いた。


――――いや、当たってんねん。


「おいおい、危ないぞ。火ついてんぞ。どうした?」


「へっへっへ、なんかこれ薄い本にありそうな展開じゃない?なんかこう……こない?」


 俺は呆れながら返した。


「その手の漫画読みすぎだろ。何も来んわこんな状況に、いいから離れろ、暑い」


 しかし、瑠璃は組んだ手を緩めない。


「なんでだよ、唆そそるだろ普通⁉️美少女に抱きつかれて、胸押しつけられてグッと来るもんがあるだろ⁉️それでも男かあぁ⁉️ああ⁉️」


 なんでこいつはいつも脳内ピンク色なんだ。もう少し自分の言っていることの異常さに気づいて抑えて欲しいが。



「男だわ、その前に兄でもあるわ。」

「――妹に欲情する兄がいるかこの年中脳内ピンク色め。あと押し付けてくんな」



「なんでだよ、こいよ⁉️こっちはいつでも準備万端感度良好お前たちの血は何色だ状態なんだから」


「いや、意味わからんし……いいからご飯できるまで大人しくしてろよ」


 そう言って俺は手に持っていた木ベラをまな板の上に置き、強引に後ろに振り返って瑠璃を抱き抱えた。


――いわゆるお姫様抱っこ状態だ。


「はいはい嬢様はソファで大人しくしてましょね〜」


 そう言って俺は瑠璃をソファに寝かせた。



「……何?襲うつもり?――――痛っ」


 瑠璃はまだ懲りずに続け要していたため、俺は脳天にチョップをかまして黙らせた。


「大人しくしてろ、もう出来るから」


 それだけ告げて俺は仕事に戻った。


 少し、カレーが焦げてしまった。



 **



 夕食も終わり、俺たちは近くの公園まで足を運んでいた。


 なんとなく夜の風に当たりたくなったとか言う理由ではない。これは毎日の習慣だ。毎日夕食後は俺と瑠璃は公園で組み手を行っている。


 俺は学校では召喚型の学生として過ごしているため、ほとんどの時間が精霊についての講義などを聞くことになっている。


 学校側曰くこれで精霊についての知識をつけることで、戦い方の幅をより増やせるだそうだが。


 しかし、それでは戦い型が精霊に頼るだけで、肝心の魔術師本体は傍観するだけと言うことだ。


 確かにそれも悪くはない。


 ――――悪くはないが俺の好みではない。


 そのため、俺は自身の身体能力を魔法で強化し、自分でも戦えるように日々瑠璃と研鑽しているのだ。


 運よく俺は強化型の方も魔法の適性があり、体を巨大化させたりなどはできないが、身体能力向上なら問題なく行えるのだ。




「じゃあ、はっじめるよ〜〜」


 そう言うや否や、瑠璃はコインを指で弾いた。


 このコインが地面に着いたら模擬戦の開始だ。


 俺は毎日瑠璃に稽古をつけてもらっており、それがこの模擬戦――簡単に言うとただの決闘だ。


 瑠璃曰く、近接戦闘は100割直感がものを言う戦いだから、教えることなんかない……実践あるのみならしい。


 それで始まったこの毎日のデュエルだが、案の定というか俺がボコボコにされると言う日々が続いている。


去年から初めてもうすぐ一年たつが、瑠璃に勝つことは愚か、傷一つすら付けることが出来ていないのが現状だ――――自分の才能の無さがよく分かる。




 そんなこんなで今日も今日とて打倒、瑠璃―までは行かなくても一矢報いることを目標に俺は瑠璃と戦う。


 俺は全神経を集中させコインの行方を追った。


 近接型同士の戦いは一瞬の隙が命取りとなる。


 お互いが人間の限界を越える速さで動くからだ――少しでもボケっとしているとその瞬間拳が飛んでくるということがよくある。


 ………………チャリン…………


 その瞬間俺は前に飛んだ。


 限界まで集中していたせいで、コインが落ちたその瞬間に――空気の振動が俺にまで伝わる前に――俺はもう動き始めていた。


 そして、一瞬にして瑠璃との距離を殺し、刀を居合斬りの打ち込む。


 だが、そんな奇襲が効くほど瑠璃は甘くはなく……上に飛んで刃をかわすと同時に右の回し蹴りを繰り出してきた。


 それに対して、俺は空いている左手で蹴りを受け、お返しにとばかりに足首を掴んだ。


 そして返す刀で空中で無防備な瑠璃に迫らせた。


 ――これは避けれまい


 俺は一瞬勝ちを確信してしまった。


 そう思ったのがよくなかった。


 瑠璃は俺に足を掴まれた状態のまま、空中で体を回転させ刃を避けるだけでなく、俺の顔に左の踵蹴りを繰り出してきたのだ。


 空中で軌道を変えるという予想外の行動で俺は反応が遅れ、もろに蹴りを顔面で受けた。


――――ギャン――――


 ただの蹴りといえど、魔法で強化しているのだから、威力も相当だ。


 俺は10メートルほど飛ばされ、地面に転がった。


 ――――とてつもなく痛い、痛い


 だが、試合は終わっていない。


 俺は飛ばされた勢いそのままに立ち上がり体勢を立て直そうとした。


 しかし、その時にはもう眼前に瑠璃の拳が迫ってきていた。


 俺は奇跡的ではあるがこれをほとんど無意識のうちに体ごと首を右に逸らして避けていた。


――――ここが勝負所だ


 すぐに後ろに逃げたくなる体を必死に理性で抑えた。


 そして、ここで俺はあえて前に踏み込むとう判断をした。


 いつもならこの、体勢を崩した状況では距離を置こうとしているが、そうするとどうしてもペースを瑠璃に持ってかれてしまうのだ。


 そのため、逆に前に踏み込むことで相手が大技を掛けてくるところをカウンターで決めてやろうと考えたのだ。


 案の定、瑠璃は体勢を崩した俺に大振りのストレートを打ってきた。


 大振りの殴りは威力は高いもののその分隙も大きい。


 俺は隙だらけである瑠璃の右脇腹から逆袈裟斬りを繰り出した。


 一拍遅れて俺が前に踏み出したことに瑠璃も気づいたが時すでに遅し――――刃はすでに瑠璃の腹に迫っていた。


 ここで俺はついに勝ちを確信した。


 もう何をやっても間に合わないだろうと。




 しかし、瑠璃はいつも俺の想像を超えてくるのだ。


 瑠璃は振りかぶっていた拳を見たこともないような速度で振り下ろしたのだ……刀の上に。


 そしてなんと刀を拳で止めたのだ。


 俺も全力で力を込めてるし、刀も魔力で強化しているから、切れ味も相当いいはずだ。


 しかし、瑠璃はそれ以上に濃密に魔力を拳に込めているのか皮一枚も切れていない。


 俺は咄嗟に後ろに下がろうとした飛んだ……だが瑠璃に刀を掴まれ、飛べなかった。


 空中で刀を引っ張られた俺は、飛ぶ羽根をもがれた鳥のように何の抵抗もできないまま地面に吸い込まれていった。


 そして下には拳を握って俺が落ちてくるのを待つ瑠璃。


 俺は避けることなどできるはずもなく、腹に拳が入った。



**

 


「やあやあ、おはよう兄者よ」


 目を開けると瑠璃の顔が目の前にあった。


 どうやら先ほどの衝撃で意識を失ってしまったらしい。


「どれくらい寝てた?」


「いんや、ほんの少しだよ、30秒ぐらい」


 瑠璃は俺の質問に答えながら俺の頭を撫でてきた。


 俺は今、膝枕の状態となっている。自発的に起きあがろうとしても何やら瑠璃が力を入れてくるため起き上がれない。


 この体勢は視界いっぱいに瑠璃の胸がくる為、勘弁したいのだが。


 しかし、瑠璃は気にすることなく続けた。


「いや〜にぃに強くなったね〜……さっきのは流石に私も焦ったよ。多分精霊なしのでも、お兄に勝てる学生、もうほとんど居ないと思うよ、ほんとに」


 何やら上機嫌気味に瑠璃は俺のことを褒めてきた……弟子の成長を喜ぶ師匠のように。


 だが俺は口を尖らせた。


「あれに反応するとかズルじゃん……初めて勝てるって思ったのに……」


 俺の最後のカウンターは精霊であるギュメイでさえあのタイミングでは避けることはおろか防ぐことすら出来ないはずだ。


 そんな俺の言葉に同意する声が聞こえた。


『ああ、あれは流石の吾輩でも防げないだろうよ。瑠璃殿の反応速度が驚くほど早かったのだ、主人が気に止む必要はない』


 そして声が聞こえたと思うと、俺の影からギュメイが現れた。


 ギュメイは俺が契約している精霊であるが、少し特殊な事例なのだ。


 精霊とは本来俺らが住んでいる現世とは異なるに生息していると考えられており、召喚魔法によって現世と異界を繋げ、契約した精霊に来てもらうことでしているのだ。


 では契約とはどうするのだということについてだが、端的に言うと誰とも契約していない状態で召喚魔法を発動させその時に呼ぶことの出来た精霊に印をつけることだ。


 印は錬金型の魔術師が作る魔道具だったり、魔力の紋様をつける魔法だったり色々あるが、とにかくマーキングをすることでそれ以降は召喚魔法を発動する時に、繋ぐ口を印の座標に設定することで同じ精霊を毎回呼び出せると言うわけだ。


 そして精霊とは無理やりな契約はできない。


 精霊と言葉を交わし、了承を得ることで初めて契約ができるのだ。(リセマラしたって精霊に主人と認められなければ意味がないぞ)




 しかし、このギュメイに関してはこの流れと違う……例外なのだ。


 単刀直入に言うとギュメイは俺に取り憑いている状態なのだ、ずっと現世にいるのだ。


 では順を追って説明しよう。


 まず、昔、ギュメイも他の精霊と同じように人間と契約し戦っていたらしい。


 しかし、ある戦いで主人が殺されてしまったそうだ。


 すると主人がいない精霊は、現世に止まれず消えてしまう。


 主人の魔術師とは精霊が現世に留まらせるいわゆるストッパーの役割でもあるのだ。


 その為、ギュメイもすぐに消えてしまうはずだったのだ。


 しかし、ギュメイはこのままで消えたくなかったらしく、現世に留まるための依代はなにかないかと探して町中を駆け回ったそうだ。


 その末、崩れた建物に潰されて絶命した母親の腕の中で泣いていた俺を見つけたという。


 そして俺に取り憑いたと言うわけだ……依代は生者でないとダメならしい。


 と言うわけだ。


 だから俺は本当はギュメイを召喚していない。


 まあ、学校では不審がられると言うことで魔法を行使している風を装っているが。


 そのことは瑠璃にはすでに説明しているし、なんならギュメイにあだ名をつけるぐらいは仲良くなっている。


「あっ!メイメイ‼️そんなに褒めても何も出ませんよ〜おっほっほっほ〜〜」



 瑠璃はギュメイに褒められた事が嬉しかったのか上機嫌だ。


『では、瑠璃殿、吾輩とも一手お手合わせお願いできますかね?』


「いいよメイメイ、どんと来いだよ。――私も全力で行くから」


 そう言い瑠璃は炎の鎧を、ギュメイは黒太刀を構えた。


 二人とも生粋のファイターなためか、闘争本能の塊みたいなもんらしい。


 俺は渋々二人の戦いの審判として開始の合図を出そうとした。




 しかしその時だ、俺たちの真上をなにか高速で通過したものがあった。


 あまりの速さにか、ここまで軽い衝撃波が肌に感じられた。


 俺はなんだと上空に目をやると飛行機……いや、あの大きさはどっちかというと戦闘機の方が近いか……が飛んでいた。


 それも数が尋常じゃない。1〜2機ではなく、4〜50機ほど飛んでいたのだ。


 明らかな異常事態だ。


 まず、ここはキノリア正教の支配地ではあるが、前線からは遠く離れている。


 しかし、あの戦闘機は敵政府側の軍<特科軍>の戦闘機である。


 奴らがここまで飛んできたと言うことは前線が崩壊したのかもしれないが、今はそれを知る由はない。



 そんなことを考えていると遠くで何かが爆発するような音が聞こえてきた。そしてそれに追随するように各地で爆発が始まった。


 おそらく爆撃だろう。


 奇襲の爆撃は戦術的にとても効果的だ。


 夜多くの人が寝静まった後に爆発だけでなくそれに伴う建物の倒壊、火事、これらによりよりキノリア正教側の人々を殺すことが出来るのだから。


 この街に監視兵などがいて、爆撃機の接近を町中に知らせる警報があればもっと違ったと思うが、無いものはどうしようもない。



 瑠璃もギュメイもこの異変に気付いたのか双方武器をしまって近寄ってきた。



「兄、どゆことどゆこと、何が起こってんの⁉️」


『どうします主人、指示を』


 瑠璃はまだ状況がわかっていないようだったが、そんな事を気にしている暇はない。


 俺は手早く二人に指示をし、駆け出した。


「敵だ!特科軍が攻めてきたんだ――今はこの爆撃から身を守ることを最優先に――」


 しかし、すでに爆撃機は俺たちの上まで来ていた。



「来るぞ!瑠璃‼️」



 何の因果か、爆撃機は俺たちの真上で鉄の塊を投下してきた。


 その鉄塊は重力に引かれ段々と速度を増していった。


 途中で風に吹かれた影響か、莫大な運動エネルギーもプラスに保有したそれは俺たちから少しずれ、5メートル程離れたところで地面と激突した。


 俺にはその瞬間がスローモーションのように見えた。


 勢いよく激突した楕円型の物体は衝撃で先端からは潰れていき、丁度それが半分に到達した時だった。


 周りの鉄板が内部からの圧力で膨れ上がり、ついに耐えられなくなったのだ。



 ギュメイは俺の中に急いで戻り、瑠璃は俺を庇おうと、俺に覆いかかるように押し倒してきた。


 そして俺をも覆うように自分の背後に炎の装甲を何重にも張った。




 その瞬間世界が白一色に染め上げられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る