第2話

 試合後にあれは一人歩いていると不意に後ろに気配を感じるが誰もいない。


 そう思ったのも束の間首に腕が回される。




不意に後ろに気配を感じ、俺は振り返った。しかし、そこには誰もいない……そう思うと同時に振り返った俺の後ろから、首に腕が回された。そしてその人物は耳もと囁いてきた。




「にぃに〜〜おめでと〜〜♡」




 この特有の甘ったるい声、いい歳していまだに貞操観念が深刻に欠如しているこの態度……俺はこれらの情報から推測し、




「……重いから離れろ、瑠璃」




 と結論を出した。後ろの人物は「女の子に重いなんて、失礼しちゃうわ、全くぅ」と不満げにも俺の指示に従って首元にしがみ付いていた腕を離し、俺の正面に移動してきた。


 


 やはり正体は「暴走火車」の異名を持つ学校一のバーサーカーこと俺の妹、九条瑠璃(くじょう るり)――正確には俺が養子として引き取られたから’’義理の’’が頭につくが――だった。




「俺、何回も言ってるよな⁉️背後から忍び寄るなって……隠してるだけでめっちゃ怖いんだぞ、されると。それといい歳してしがみ付いてくんな……もうちょっと年相応の振る舞いをだな――」


 


 しかし、俺の毎度の如くの瑠璃の危機的な貞操観念に対する釘を刺しに瑠璃は聞く耳を持たず話を遮ってきた。




「無事記録更新おめでとう、にぃ〜に♡できた妹を持つ幸せ者の兄者にはご褒美として妹からの頭なでなでをあげよう……なでなで。ちなみに私これから試合始まるんだけど勿論観てってくれるよね⁉︎そしたらもっと頑張っちゃうぞ〜〜」


「いや、撫でんな要らんわその報酬……まあ観るのはいいけど」


「ほんと⁉️絶対だからね‼️破ったら針万本と両腕切り落としだからね⁉️……あと照れんなよ、受け取れよ妹のなでなで……普通は金掛かんだぞこれ。」


 


 そういうや否や瑠璃は「時間だから」と言って走り出した。


 迫ってきていたのだろう。


 俺は妹の相変わらずさに苦笑を返し、




「罰重くない?」




 と一人呟くのだった。






 **






 観客席に着いた時にはすでに会場は盛り上がっていた。戦いが始まったというわけではない。どうやら瑠璃がコートに入ったことで起きた歓声のようだ。


 俺の妹は見た目の美少女さに加え、年下であり、人前では猫を被って誰にでも優しいお嬢様を演じているためか、今や学校一の人気者(特に男から)となっており、その人気ようはこの歓声からもよくわかる。


 まあ、俺の前でも可愛い無垢な妹、天使瑠璃と、少し生意気な妹、小悪魔瑠璃(本性)を完璧に使い分けるほどだ。


 本性など微塵も気取らせないで聖女を演じきっているのだろう。


 ただ、ほとんど二重――いや聖女を含めたら三重人格のような猫被りに俺は戦慄を覚えるが……


 俺は瑠璃の対戦相手に意識を切り替えた。


 確かに瑠璃は強いが、妹が怪我しないか心配になるのは兄なら皆そうだろう。




 どうやら相手は召喚型の子のようだ。確か同じクラスにいた気がする……多分。

 クラスメイトと滅多に会話しないから未だにクラスメイトの顔と名前が一致しないのだ。






 その時、第二の決闘の開始の合図がなった。


 瑠璃はひとまず様子見と言ったところか、すぐに仕掛けるという事はせず、仁王立ちを決め込んでいる。一方相手は開始と共に精霊を召喚し、その影響か砂煙が観客席の俺のところまで上がってきた。


 砂煙が治るとそこには水の精霊なのか体が魔力の籠った水でできた長細い全長3メートルほどの蛇が鎮座していた。


 生徒が何か指示したのか、その蛇は背中をそらし、背中に生えた翼をはためかせ空を飛ぶと同時に瑠璃目がけて一直線に突っ込んでいった。


 なんと蛇だと思われた精霊の正体は竜だったのだ。竜というのは精霊の中でも上位の存在でそうそう契約できるものではない。そのため、お相手の生徒が優秀ということがわかるが、そんな竜の突進に対して瑠璃はただ右手を前に出すだけで魔法を行使する気配もない。


 もし精霊の……ましてや小型とはいえ上位の存在である竜の突進を生身で受けたらどんな人間であれ無事では済まない。


 俺はまずいと思い、咄嗟に止めに入ろうとして――ドォーーン


 


 俺が行動を起こす間も無く、ド派手な衝突音と再び砂の煙幕ができた。


 俺は瑠璃の身を案じながら砂煙の中、目を凝らすと、微かに試合のコートの中で赤と青が光っているのが見えた。


 そのことを確認でき俺はひとまず肩を撫で下ろした。赤く光って見えたということは瑠璃の魔法が発動したということだ。瑠璃はどこかスリルを楽しむ性格があり、これまでも訓練でギリギリまで魔法の発動を遅らせて相手の攻撃を受けるか防ぐかの紙一重に挑戦し、失敗して怪我をするということがあったのだ。いくら俺が注意しても瑠璃は治そうとせず、彼女曰く自分の反射神経の限界を試したいとか。




 試合がどうなったのか砂煙が落ち着くのを待てなかったどこぞの生徒の砂の魔法で砂煙は沈静化した。


 瑠璃は鬼の形相如き紋様の甲冑に炎の赤縅を身に纏いっていた。


 観ると鎧をまとった瑠璃が竜の牙を掴んで、つばぜり合いの状態となっており、どうやら瑠璃はその場では受け止めきれなかったが、いくらか後ろに押されただけで竜の突進を受け切ったらしい。


 そしてしばらく組み合ってから、瑠璃はお返しと言わんばかりに体を捻って自分の体をを支点として180°後方に自分の何倍もある竜を投げ飛ばした。


 そして、空中で姿勢を立て直そうとする竜に有無を言わさず追撃をかけていった。


 瑠璃は素手の右手に斧を顕現させると同時に飛び出し、丁度振り返ったばかりの竜の片翼を切断した。


 一方、竜とて黙ってやられているわけでも無く、翼を片方失い、地面に落ちながらも瑠璃目掛けてブレスを吐いた。


 水竜のブレスはまるで一筋のレーザー光線のように細いながらも触れるもの全てを両断するまさに必殺の代物だった。


 しかし、瑠璃にはそうはいかなかった。水竜のブレスは水を超高圧力で打ち出すことにより、両断するものであるため、瑠璃の纏う炎の鎧とは相性は悪かった。


 ウォーターブレスが瑠璃に到達する前に、瑠璃の周辺の灼熱地獄のような超高温度により瞬時に蒸発し、本来の万物両断の力のを発揮することができなかったのである。


 そのため、瑠璃は避ける必要もなく、そのまま地に落ちた竜の頭部に断罪の如き戦斧を振り下ろした。






 その後俺は2回試合をし、この実践訓練は終了した。


 その時の相手は一人は強化型で体を巨大化させる魔法の使い手で、もう一人は錬金型の者で自身の魔法で作ったマスケット銃を両手に1丁ずつ、自身の周りに4丁浮遊させ、魔力を込めた弾丸の雨を降らせるという曲者だったが、どちらもギュメイに膝をつかせるほどではなかった。


 巨人は1発の威力は凄まじかったものの、その巨体ゆえに俊敏には動けず、後ろに回り込むだけで相手の攻撃はほとんど避けることができた。そして銃6丁持ちのやつはなかなかに強く、攻めあぐねていたが、俺自身も戦いに参加し、俺も狙わせることでギュメイが反撃できる隙を作ることができ、攻略できた。






 **






 億劫な帰りのHRも終わり、俺はそさくさと教室を出た。勿論一緒に帰る旧友などいるはずがなく俺は一人寂しく校門を通り過ぎた。すると何やらクラスメイトの女友達とおしゃべりに盛り上がる瑠璃の姿が見えた。向こうも俺の存在に気がついたのか、瑠璃は話を中断してこっちに走ってきた。




「いや〜〜遅かったよ、にい……何分待たされたと思ってんだい。これは帰りにパフェでも奢って貰わなくては、ということで行こ!ステラ喫茶!」


 


 ――毎度のことだがこいつのマシンガントークにはついていけん。もう少しゆっくり喋ってもらいたい。俺は一個ずつしか返答できないのだから。




「まず、そんな待ってないだろ。ちょっとお前の教室が俺の教室より門まで近いだけだろ……あと、カフェは割り勘ならいいぞ」




 瑠璃は割り勘に「えーー」不満を漏らし。




「せめて1:2にしません?こんなに可愛い妹からのお願いですよ⁉️……じゃーあ分かった。なんでも言うことを聞く権利をお兄に進呈しよう。やったね、にい、これで可愛い妹にエッチなお願いも出来ちゃうよ……あー、私が14年守り抜いてきた純血も今日失われちゃうんだ。お父さんお母さんごめんなさい、私今日、大人の階段を登っちゃいます」




 ――いるか、なんで妹にそんな欲情せねばならんのだ




「交渉してくんな。お前と俺、歳の差3つあるのに小遣いの額は同じなんだぞ。……でも、分かった。1:2を甘んじて認めよう。今日の試合かっこよかったしな」


 


「ほんと‼️ありがと‼️お兄、大好き〜♡もぉ〜〜シ・ス・コ・ン、なんだから♡

 あ!やっぱりなんでも言うこと聞く権利は大きいか、そんなに私にご奉仕してもらいたいか⁉️この変態‼️

 ――まあ、にぃになら別に……いい……けど……」


 


「なわけあるか――ではここで権利、使わせてもらいます。瑠璃さん、俺がステラ喫茶で払う分を俺の代わりに出してください」


 


「な――ふざっけんな‼️1:2って決めたじゃん、それはもう変更効かない取り決めじゃん、それに干渉するのは無しじゃん、いじめるなよ〜!ぁぁ〜〜〜〜〜〜ん!」


 


「いや泣くなよ、ここ道路ぞ⁉️ほらそんな大声だしたら――ああすみません、いえお気になさらず、この子こう言う子なので――ほれみろ通りすがりの子連れのママがこっち見てきたぞ」


 


「私はお兄が「うん」と言うまでやめないぞ、ぁぁ〜〜〜〜〜〜ん!(チラッ)うわ〜〜〜〜ん!(チラッ)」


 


「チラチラ見んな、分かったから」




 そう言うと瑠璃は嬉しそうに「今日は贅沢できるぜ」とカフェで何を注文するか考え始めたようだ。


 いやはや、自分でも思うが俺はこいつに対してチョロ過ぎる気がする。


 まあ、妹の笑顔が見れるのならそれでいいのかもしれないが。

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