第4話

 ホワイトアウト

 それは気象学では雪や雲によって視界が白一色となり、方向や周りの地形が識別不能となる現象のことを指し、「白い闇」と呼ばれることもあるものだ。


 一般ではその状況に陥ると右も左もわからない恐怖からパニックになるものだが、俺はそうは思わない。

 心の腐り切った人間に囲まれたこんな色とりどりな世界なんかより、よっぽど白一色の方がいいと思わないか?

 白一色の面も裏もない世界の方がまだマシだと思わないか?

 俺は無意識のうちにそれを美しいと感じていた。

 見惚れていたのだ。

 


――――



 『――――きろ――起きろ、ご主人!――』


 脳にエコーのような声が響き、俺は目を覚ました。


「――はっ――な、にが起きたんだっけ……」


 目を開けると辺りは焦土と化しており、見慣れた街並みは跡形もなくなっていた。


『爆発に至近距離で巻き込まれたのだ――それより瑠璃殿を!』


 俺は視線を下に向けた。

 俺に覆い被さるようにして倒れている瑠璃がそこにいた。

 

「瑠璃!返事しろ!」


 瑠璃の返事はない。

 今度は瑠璃の体を強く揺すってみた…………が、結果は変わらなかった。

 ――そんな、まさか……

 そう思った時だった。


「……眠りについているお姫様は王子様のキスがないと起きません……」


 何やら聞こえてきた。

 聞き間違いかと思い今度はよく耳を澄まして聞いてみた。


「……眠りについているお姫様は王子様のキスがないと起きません……」


 明らかに聞いたことある声が真下から聞こえてきた。

 俺が瑠璃の顔をじっと睨むと、瑠璃の唇の形が変わった。こちらに突き出してきているのだ。


「う〜〜〜〜」


 唸り始めもした。

 俺はほっと胸を撫で下ろしたが、安心したのと同時にこんな状況でまだふざけている瑠璃に呆れを通り越して怒りを感じた。

 ――こっちは本気で心配したんだぞ

 兄として、人として、何か言ってやらないと気が済まなくなり、俺はいつものようにお説教を始めようと口を開いたが……塞がれてしまった。

 パッと目を開けた瑠璃が勢いよく起き上がり、唇を押し当ててきたのだ。


「ふがっ」

 

 瑠璃の唇は柔らかく、一瞬幸福感に包まれてしまったが、我に帰って瑠璃の肩を掴んで引き離した。


「――おまっ、何やってんだ――」


「私へのご褒美だよ。一生懸命お兄を守ったんだから、その分のご褒美……よかったね兄に、可愛い妹のファーストキス貰えて……もっと喜んでいいんだよ」


「……………………」


「……無言はやめよにぃに、それが一番辛いから……せめて何か言って欲しいな〜お兄ちゃん♡」


「……………………」



「……あの〜、お兄様?流石にそろそろこっちも恥ずかしくなってくるんですけど……そんなガチに悩み込まれるのはちょっと想定外とか……そこは「バカー」とか「ぶっ飛ばすぞ」とかいう所じゃないの」


「……流石にキスまでしてくるとは思わなかったんだよ……そういうノリは言うまでに留めておけよ、実際にされるこっちもやりづらいは」


 俺は動揺を必死に押し殺して立ち上がった。

 そうでもしないと、熱くなっている顔が瑠璃にバレてしまうかもしれないから。

 

「……ほら、早く立て……今は緊急事態なんだからもっと緊張感を持ってくれよ」


 瑠璃も自分の行動が少しやりすぎたことに気づいたのか俯いてしまっていたが、もう切り替えたのか立ち上がった時には堂々としたいつもの学校での瑠璃の姿となっていた。

 そんなやりとりをしていたからだろうか、何やら近づいてくる人影があった。

 そちらの方に目を向けると黒の衣装で身を纏い、腰には刀をかけているのが見えた。

 ――特科軍か

 先ほどの爆撃で生き残ったものの処理にきたのだろう。

 こちらに明らかに敵意を向けてきている。


「瑠璃、敵が来たぞ」


 おそらく瑠璃もすでに築いているだろうが一応注意だけはした。

 敵の数は5人で、おそらく小隊を組んでいるのだろう。刀持ちが2名、斧の脳筋っぽいのが一名、アサルトライフルのような中距離銃を持ったものが2名といった具合だ。

 俺はひとまずギュメイを出そうと思ったが


『あれぐらいなら拙者が出るまでもない』


 と言って、俺らに丸投げして来たから、ギュメイは頼れなくなってしまった。

 まあ、いいけどね……俺も契約した精霊が一匹いるんだから……

 しょうがなく、俺は自身と契約した赤の隻狼の精霊を呼び出した。

 こいつは学校の授業で「精霊と契約してみましょう!」みたいな実践練習をした時に契約した精霊だ。

 ただ、ギュメイが有能な上、強すぎるるため、今日までほとんど召喚したことはなかったが。


「瑠璃、もういけるか?」


「モチのロンだよ、兄ぃ。私が剣持ち二人と戦うから、お兄は斧の人をお願いね。あと、セキちゃんは後方の二人をお願い」

 

 セキちゃんとは俺の精霊のことだ。赤狼であり、かつ隻眼でもあるため、掛けて読んでいるらしい。

 瑠璃の指示に真っ先に動き出したのはセキちゃんだった。

 セキちゃんはその赤の立髪をなびかせながら疾風の如く5人に突っ込んでいった。

 相手もなかなかの手練れなため、前衛の3人が前に出て突撃を真正面から止めようとしていたが、前衛とぶつかる直前、セキちゃんは大きく前足を曲げて上に飛んだ。

 流石の手練れでもこれは予想外だったようで、敵前衛は口を大きく開けながら頭上を赤狼が通るのを見ている事しか出来なかった。

 セキちゃんはその後後衛の銃持ちと前衛の3人とのちょうど真ん中ほどに着地し、そこで自身の十八番の魔法を発動した。

 セキちゃんの十八番は自身の尻尾に魔力を込めてを尻尾を炎の剣をし、その状態で大きく回転斬りをする事だ。

 これ開け聞くと、案外大した事ないなと思うかもしれない。だが、俺の精霊を舐めて貰っちゃ困る。

 赤狼はこの回転斬りをする時、自身の体の中で特に足に集中して魔力を込めており、その状態での回転斬りはえげつない程速く、遠くから見るとさながらハリケーンのように見えるほどだ。

 炎の剣での高速の回転斬りはまるで舞のようで、その毛色も合間ってか、<火炎の舞>という技名をつけられた。


 『―――グオオオオーーーー――――』


 赤狼の<火炎の舞>は敵5人を討ち取るまでは行かなかったものの、全員を吹き飛ばし、完全に相手の隊列を崩すことができた。

 そのため、俺と瑠璃は事前に決めたように刀持ちを瑠璃が、斧持ちを俺がそれぞれ分担して追撃を掛けにいった。

 赤狼もきちんと指示に従って、後衛二人をさらに追い詰めようとしていたから、問題ないだろう……だから、この戦いで一番の懸念点があるとすれば……俺だ。

 瑠璃は相手が二人だろうと問題ないだろうし、赤狼もそうだ……だが、俺は本来近距離で戦う近接型でもなく、召喚士なのだ。それが近接タイプの敵と戦って果たして勝てるだろうか。

 ただ、今それを考えても仕方がないため、俺は黙々と吹き飛ばされてマンションの外壁にめり込んだ男の目の前に立ち止まった。

 このまま動かなかったら良いのになぁ〜……とも思ったが、そんな俺の淡い期待を打ち消すように壁から出てくる人影があった。

 

「よお、お兄さん……そこを退いてくれやしねぇか?…………あんまり子供を傷つけたくないんだよ」


「すまんがそれはできない。お前たちは特科軍なのだろ……そうである以上敵だ、殺さなくてはならない」


 ちなみに今、俺は戦闘狂のようなことを言ったが、実は強がっているだけなのだ……心臓バックバクだぞ。

 「そうである以上殺さなくては」キリッ……なんて冷静な時にいうわけないだろ。


「おいおい、こんなガキンチョが殺すだの物騒なこと言うようになるとは……世も末だねぇ〜」


「世も末……は同感だな…………それで露骨な時間稼ぎは良いからそろそろ始めようか」


「!……はっ、バレてたか、さすがは腐っても魔術師の卵さんと言ったとこかな」


 そう言うと同時に俺は刀を腰から抜いて勢いよく上段から切り掛かった。

 その時、相手の斧使いが着ていた黒の軍服に光の線がいくつも現れた。

 これが特科軍が魔法使いという超人どもと対等できている所以、科学の力なのだ。

 これはモードを切り替えることで戦闘に特化した状態となり、この状態は魔法で自身の身体能力を強化することをアイデンチィとする近接型と同等までは行かないが、それでも人間の域を超えた身体能力を得ることができる。

 そして、もちろん武器も普通の武器とは違う。

 剣タイプの武器では中性子ソードといってあらゆるものを貫通する刃にして、相手の体にあたる瞬間だけ実体化して斬るものや、どんな原理かは知らないが斬撃を飛ばしてくるものなどがある。

 しかし、斧型のは知らない。

 あまり使われているのを見たことがないのだ。

 そのため俺はいつでも対応できるように斧に注意を払っていた。

 しかし、それを読んでいたのだろうか……俺は完全に相手がただ斧で俺の攻撃を受ける、または斧の科学能力を発動させてくると考えていた……そのため、向こうからのただの突進は盲点だった。

 俺は軽々と吹き飛ばされ、宙を待った。

 斧使いはさらに追撃をかけてきた。

 斧に光の線が現れ備え付けられた能力を発動した。

 斧の刃のある方の先端から新たに槍のような刃が出てきて、斧から歪な槍の形へと変わった。

 それを斧使いは槍投げの要領で俺に投げつけた。

 そしてジェット噴射が内蔵されていたらしく、まるで誘導ミサイルのように俺を狙って高速で一直線で突き進み――

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