19

 ひかりは全てを察した。──それは金銭的な問題だけじゃない。



「……勉強できるんだもん。了一りょーちゃんが本気だせばいいんだよ」


 これがどうして前の学校でいじめに遭うのかがわからない。聡明な彼女に、彼は肩をすくめた。


「オカモトも。そう思ってるみたいだ」


 グラウンドに背中を向けて、彼は続けた。


「どうしても俺を特進のメンバーにいれたいらしい。でも、それにしたって内申が足りないわけで」


 ひかりは黙って聴いている。もし彼が部活をしていたら、あるいは生徒会の役員をしていたら。体育祭でも文化祭でも何の実行委員でもいい。彼なら何をしても実績を残すだろう。


「それでサポートリーダーなんて訳わかんねえ役職を思いついたんだろ。オカモトは」




 ひかりには、彼が胸中で泣いているように見える。


「でも、取りたくないわけじゃ無いんでしょ、教免……」


 了一は顔をくもらせた。


 目の前に、ダムに落ちていく母の細い目の微笑みがフラッシュバックした。


「どうだったかな。それもわすれちまったよ」









 そこにトイレの戸が開き、無人の車椅子が顔をだした。


「え?!」


 ひかりも了一も目を剥いた。


 車椅子は、由里子が押している。


「あのう! あり……、……たせ」



 了一が口をぱくぱくさせながら、


「お、おま、高見沢おまえ、歩けんのか?!」


 ひかりが駆け寄って、由里子を脇から支えた。それを追って彼も駆け出した。嫌な感じがする。こんどは間に合うか──


「ごめんね、私たちが気付かなかったんだね」


「あ。……あるけるんです。このくらいなら、ほんとに でも、……あれっ?」


 ──と、バランスを崩した由里子の目は、ひかりのそれと横並びに仲良く天井の模様を見た。



 歯を食いしばり、了一が頭からその下へ飛びこんだ。背中の背番号があったあたりが、ふたつぶんの尻もちの衝撃に耐えた。




「さすが…… 三里山小の盗塁王レジェンド


「ぬかせ……」


 尻に敷いたまま、ひかりが了一に言った。


 

 力なくそこからずり落ちる由里子の腰も、膝のうえで目を回しているその頭も、どこも彼女が打撲を負わずすんでいる様子に、ひとまずひかりは胸を撫でおろした。




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