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 了一は、そのほそい目で、マウンドに立つ他校の投手とキャッチャーのやりとりを見ている。


 ツーアウト フルベース。バッターボックスには、右投げ左打ちの石井双馬チビメガネが、大きすぎるヘルメットの下でバットを構えている。




「その甲斐もなくおまえは、すっかり紀子に取り込まれちまったけどな」


 ひかりは廊下に目を落として、ちがうよと微笑んだ。


「……まもってもらってるのよ」


 その脳裏には、前にいた学校の記憶がふるい映写機のように廻っている。


「それに、女の子にはね」


 その目を現在いまに移し、ひかりは了一に向けて真剣な顔をした。


「いろいろな日があるの。女子にとってトイレはね、男子ほど単純な場所じゃないんだよね」


 了一は、弟のいる彼女に、「そ、そうか」と、赤面した。そして、


「……ありがとよ」


 と窓の外に目をやった。



 サインを無視し豪快に振り抜いた石井チビのフライを外野がキャッチし、他校の選手らは8回裏にむけてもう駆け出している。



「俺もまた、紀子あいつに救われたな。憶えとく」


 了一は感情を殺し、事実だけをつぶやいた。




 昨年度、三里山中学校が新設した一階のバリアフリートイレは、障がいを持つ生徒の山村留学振興に経営の舵をきる理事会の本気さをまず反映した場所といえて、身体障がいを持つあらゆる生徒の受け入れを想定し最新の設備を整えている。


 車椅子の出入りのため間口は広く戸は横開きとし、内部の壁面には長い手すりが縦にも横にもふんだんに走っている。


 クッション素材の床には、万が一、転倒があっても手の届く低い位置にヒモ付き緊急呼び出しスイッチが複数はりつき、編入生第一号の由里子には不要だが、簡易オストメイトセットが壁面でストーマ装具を使用する将来の編入生を待っている。


 来年度には、学園の高等部で介護福祉科がスタートする。


 しかし、中等部における介護福祉士ケアワーカー資格を持つ教員ないし専従職員の求人はまだ準備段階で、その任をこうして生徒が担うかたちになったのは、進行する病に正式な受け入れ開始を待てそうにない、への理事長判断が有った。



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