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 校庭のグラウンドで、野球部が練習試合をしている。


 その窓の外に背をむけて、了一と高嶋ひかりが互いの間隔をはかり、バリアフリートイレの前で立っている。



「カッコイイこと言って、なんで紀子あいつはきてねえんだよ」


 了一はぼやいた。


 ひかりは苦笑いした。


「転入生のきもちは、転校生の私が一番わかるんじゃないかって」


 すっかり洗脳されてんなと了一は言い、左手首の腕時計をまた見る。気になるのは由里子のことである。目の前のトイレから水を流す音がして、もう五分が経っている。


「……ふつう、こんなもんなのか? 女子って」


「んー。ひとによるからね。それに……」


 ひかりは言いづらそうに下唇をかんで瞳をそらした。


 しかし、そこは男子なりの鈍さである。「あ、待って」と、とめるひかりよりも早く心配さからだとは言え、了一は横開きの戸に耳を当て、


「あの、高見沢さん、大丈夫ですか……」


 個室なかの由里子にノックをした。


 すると、「あ、あああ…ありがとう」と間髪を入れず返事はあり「大丈夫です」、と、か細いながらも返答もあった。







「……大丈夫だってよ。もう少し待つか」


 窓際に戻り、彼はグラウンドに展開する他校の野球部をながめた。


「そもそも、大丈夫ってコトバ、概念ひろすぎくないか。ったく……誰だよ日本語つくったやつ」と誤魔化す横顔が、ひかりには、転入生のことがまだ心配でたまらないように見えた。


「優しいよね。了一りょーちゃんて」


「おう」


「転校してきた私にも、そうしてくれたよね」


「そうだっけか」


「忘れたの?!」ひかりは笑った。「忠告してくれたじゃない。〝あいつは危険だ、気をつけろ〟って」


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