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「どうも、お先にいただきました」


 七分丈クロップドパンツの慎太郎が、タオルで髪をぬぐいながら、アイロンをかけている和室に顔だけをだした。




 しかし、由里子は動悸から、完全に彼へとふりかえるこよができなかった。半端に目を合わせ、


「ドライヤーもつかって。ズボンもすぐ仕上がるから」


「あざす。でも大丈夫っス。おれ自然乾燥派なんで。ていうか……」


 彼は、未開封だったランニングシャツとトランクスの御礼を、申し訳なさそうに言った。



 彼女が、アイロンを畳の上にたてた。蒸気の音がし、


「亡くなった旦那の買い置きなの。だから返さなくていいから」


 早口に言った。


 しかし、彼はまだ突っ立っている。


「……ちょっと時間かかりそうだから。そこ腰掛けてて」


 背中のリビングで椅子を引く音がし、彼はテーブルについた。いっそのこと、なにかまた余計な一言を彼が発してくれることを彼女は期待した。


 が、室内には、あの波打った髪がタオルと擦れあう音だけがあった。






 そこに、ティファールのケトルが音をたてて湯気をあげた。


 救われた気持ちになり、彼女はキッチンまで出ることができた。


 踏み台を使い、青いマグカップを天袋の奥からひっぱりだして、


「コーヒーでいい?」


 インスタントのビンを見せたが、彼はタオルの中でうつむいたまま返事がない。


 由里子は、じゃ、お任せにさせてもらうわね、とつぶやいて古びた赤とまだ真新しい青、その両方のカップに粉を入れた。


 すると、「おれ、ほんとに鈍感で……」と、彼がタオルの端で目元をぬぐった。


「もう二年なのに、先輩の病気に気が付けてなかったなんて……」


 と、鼻をすすった彼に、由里子は手をとめた。


「……毎月おなじ週にお休みなのも、今日みたいに通院だったんですね。なのに俺、デートですかとか、昨日もサプリメントですかとか……。先輩をそんな軽口のたび俺、傷つけていたんだなって気が付いたら、もう、居ても立っても居られない気分になって……」



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