6
「どうも、お先にいただきました」
しかし、由里子は動悸から、完全に彼へとふりかえるこよができなかった。半端に目を合わせ、
「ドライヤーもつかって。ズボンもすぐ仕上がるから」
「あざす。でも大丈夫っス。おれ自然乾燥派なんで。ていうか……」
彼は、未開封だったランニングシャツとトランクスの御礼を、申し訳なさそうに言った。
彼女が、アイロンを畳の上にたてた。蒸気の音がし、
「亡くなった旦那の買い置きなの。だから返さなくていいから」
早口に言った。
しかし、彼はまだ突っ立っている。
「……ちょっと時間かかりそうだから。そこ腰掛けてて」
背中のリビングで椅子を引く音がし、彼はテーブルについた。いっそのこと、なにかまた余計な一言を彼が発してくれることを彼女は期待した。
が、室内には、あの波打った髪がタオルと擦れあう音だけがあった。
そこに、ティファールのケトルが音をたてて湯気をあげた。
救われた気持ちになり、彼女はキッチンまで出ることができた。
踏み台を使い、青いマグカップを天袋の奥からひっぱりだして、
「コーヒーでいい?」
インスタントのビンを見せたが、彼はタオルの中でうつむいたまま返事がない。
由里子は、じゃ、お任せにさせてもらうわね、とつぶやいて古びた赤とまだ真新しい青、その両方のカップに粉を入れた。
すると、「おれ、ほんとに鈍感で……」と、彼がタオルの端で目元をぬぐった。
「もう二年なのに、先輩の病気に気が付けてなかったなんて……」
と、鼻をすすった彼に、由里子は手をとめた。
「……毎月おなじ週にお休みなのも、今日みたいに通院だったんですね。なのに俺、デートですかとか、昨日もサプリメントですかとか……。先輩をそんな軽口のたび俺、傷つけていたんだなって気が付いたら、もう、居ても立っても居られない気分になって……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます