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 ──と、生徒らの興奮がその最高潮から下降する一瞬を捉え、教壇から全員に静粛を求めたオカモトが自分の名を呼んでいることに気づいた了一は、我に返った。


「なあ了一? きいてんのか? 高見沢さんは車椅子だ。だから今日よりクラスは一丸となって彼女のサポートをしてやらにゃあいけん。しかしだ……」


 要するに、先週の三者面談での根回し通りに、ということだ。


 了一は威儀ををただし、オカモトは真面目な顔で続けた。





「現在、この2年B組には、実際に車椅子を押した経験のある者がオマエしかおらん」


 それが田舎というものなのだ。会議には始まる前に決定事項が存在する。その空気のはじまりをその肌が知っている。そんな子供達を十年前の自分が見ればわらおうが、


「だから、高見沢の介助サポートのリーダーをオマエがやってくれないか」


 筋書いた台本以降の結末は、演者らが作るものなのだと今は彼も知っている。



 了一は、間を置くように言った。


「まあ。ほかに適任者がないのであれば」


 ただ、了一が気にするのはむしろ由里子の意向のようで、教卓から最も遠い掃除ロッカー前に席する彼のほそい目が彼女に向いているが、距離の縮まることのしたふたりを囃し立てる外野の指笛で、今はうつむいたままの彼女からそれについての意見は聞けそうにない。オカモトは開きかけた口を結んだ。




 ──そこに紀子が、手を挙げた。


「先生」


 すると嘘のようにクラスは静まって、その異様さには、由里子がおもてをあげたほどだった。



「先生がおっしゃるように、たしかに欅田くんが車椅子の指導役リーダーに適任かと思います」


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