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 車椅子を生徒らに向けたものの、由里子はあいかわらずうつむいて、前髪のなかに隠れている。


 それでも彼女の顔つきは、はかない生来の美しさを隠せていない。


 ぶ厚い眼鏡をかけた最前列中央に席する石井いしい 双馬そうまが、それに気がついたようで、自分のイガグリ頭をなかば机におしこめるようにして、彼女をのぞきこもうとした。


 もうすこしで見えそうな、尊顔それは、ずれる眼鏡との角度にせめぎ合う目の前の石井に怯え、さらに奥へ隠れた。


 だが、逆にそれが彼らを刺激したのか、覗きこみは瞬くまに前列男子に波及し、後方に席する男子らも次々と立ち上がり、石井のイガグリ頭にむけて、ずりいだの卑怯だの無礼者だの構わん召し取れだのと、罵声をなげつけた。



 丸めた紙クズや消しゴムのカケラが飛び交うその騒乱の中、女子らも顔を見合わせて、口々に髪型ごしにも垣間見える転入生の顔の小ささをお互いに比べあい、その好奇心は紀子のとりまき達らにしても例外ではないらしく、その中では唯一黒髪のままの女子、三石みついしひかりをのぞいた三名は、互いに目配せで動揺せぬよう牽制しあっている。


 一方で、その彼女らの首領ボスたる木崎紀子は、ひとりクラスの中央で腕を組み、転入生の値踏みを続けている。


 了一も、別の意味で由里子を見ていたが、その細い目を戻した先には、彼女が固く握り、スカートに押しつける両の拳があった。



 ──もっとも、これは後に彼が知る事だが、転入のその日、由里子は中学の一年次どころか小学校をも経験せず、そこに身を置いていた。


 これまでは、小児病棟の同病児らと院内の複式クラスで学んだのみで、一般の学校はおろか社会へ漕ぎ出しもその日が初めてで、ひと学年につきAとBのふた組があるだけの小規模な田舎の中学校だとは言え、これだけの同世代と異性を目の当たりにするのは初めだった。







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