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 翌日、クラス会議の始まりに、オカモトは教卓の中央から転入生の名を呼んだ。


 長い休みのはじまりをひかえるクラスに、夏服の女子生徒が新たに加わるのだから、その歓声が天井を突き、三里山中学の小さな屋根からすべてのハト飛んだ。


 だが、車椅子の前輪が、少女のうつむく顔を乗せて、戸口をくぐるのを見ると教室は遠くで雷の落ちた夏祭りのように静まった。





 木崎 紀子とそのの女子生徒四名を除き、あとはその転入を知っていた了一以外の生徒らは、たがいに視線でこのついに来た事態を分かち合い、車椅子の重さにまだ慣れていないのかその転入生の折れそうな腕が苦心して後輪を回し、教壇と自分たちのあいだまでに来るもどかしい時間を、皆で息をのんで見守った。


 オカモトは今、教卓の中央から見える生徒らそれぞれの視線に、次々と新たな仕事を見出している。了一にはそう見えた。



 その視線に気づき、「頼むぞ」と微笑みを残し、オカモトはチョークを取ると黒板に転入生の名を、高見沢 由里子、と書いた。


「タカミザワ ユリコ。 東京の大田区から越してきた」


 当然、紀子ボスのとりまきらは無関心をよそおったが、東京というその響きにクラスは再び沸き立った。






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