空の見える丘
14
「あのう」
しかし、その声はどうも届いていないようだった。
もう一度、彼女は「あのう!」と声をはるべく息は吸いこんだものの、不安が胸をよぎり、それは風船のようにしぼんだ。
「待たされて、怒りだした人みたいで……感じ悪いもんな」
彼女が思うには、ようするに「あのう!」のあと感謝の言葉が自然と繋がれば、この状況でも爽やかに笑ってお互いに終われる。のだが、その自然にと言うのが難しい。由里子は頭をかかえた。
そしてすがりつきたい一心で、こういうとき彼らならどうしたかと、あのアニメを頭の内で再生した。トイレを出た推しキャラは「ありがとう!おまたせ!」と濡れた手を振りながら友達に駆けよる。そうか。なんだ簡単じゃないか。と由里子は思った。小走りは無理だけど、そのフレーズは頂ける。
しかし──
熱くした顔を、急に思い出したように彼女は両手で覆った。
車椅子から別の席へと移動したい要介助者を手伝う
そのおり、自分の顔の横に彼の頬があった。
病棟内の勤務シフトしだいでは、男性看護師から同じ介助を受けたことはある。数えきれないほどだ。しかもそんなことは子どものころから日常茶飯事で、なんならその中には時おり憧れの男性看護師もいた。でもあれは仕事だし、歳も離れていたし、それに彼らには……
あんな心地になる、落ちつく匂いはしなかった。
思いだしただけで心臓を壊すほど動悸が高まり、ころすきか、ころすきなのかとつぶやき苦悶する由里子が手すりにしがみついた。
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