第24話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (3)
「小鍋よし、コップよし、水袋よし。ジフテリア迄が五日の行程で食料は七日分、帰りはジフテリアで買ってくればいいかな?途中ヘイゼル男爵領の街リンデルにも寄るんだし、足りなくなる事も無いだろう。
念の為に薬師ギルドでお金も下ろして来たしね。銀貨十枚と銅貨三十枚、キャロラインさんにはこれだけあれば余裕だよって笑われちゃったけど」
銀級冒険者昇格試験実地試験実施の朝がやって来た。荷物の準備、ポーション類の準備、武器の手入れ。
シャベルは出来る準備は全て行い今日この時を迎えた。心には緊張と興奮がないまぜになり、どこかはしゃぐ様な落ち着かない自分に苦笑する。
これから始まるのは試験である、試験ではあるのだが、今回の旅はシャベルにとって初めての領外への遠出。六歳の時にスコッピー男爵屋敷に引き取られて以来マルセリオの街の周辺部から出る事がなかったシャベルにとって、他領の街に赴くと言う事は他国に出立する事と同意義であった。
他所の街はどう言った所なのか、他所の街の人々は、他所の街の冒険者は、食事は、建物は、考え出したらきりがない。
シャベルはそんな自分の頬を力一杯叩き気合を入れると、腰に剣を下げ、背負い袋を背負って小屋の扉を開けるのであった。
「暫く留守にするけど、小屋の管理はお願いね。天多は小屋の換気、他の皆は周辺の警戒を頼みます。
闇、今回はよろしく。長旅になるけど頑張って。
それじゃ行ってきます」
小屋に立てかけてあった背丈ほどの棍棒を手に掴んだシャベルは見送りに集まってくれた従魔達に声を掛ける。
スライムの天多は自分も付いて行きたそうにポヨンポヨンと跳ねていたが、シャベルに小屋の管理を任されては渋々従うしかなかった。
ビッグワーム達は自分たちの代表としてシャベルに付き従う事となった闇にクネクネと声援を送り、小屋の事は任せろとばかりにシャベルたちを見送るのであった。
冒険者ギルドに到着したシャベルは、早速冒険者ギルド建物二階の受付ホールに向かった。そこでは多くの冒険者が依頼ボードに今朝張り出されたばかりの依頼を物色したり、パーティー仲間とテーブルを囲んで依頼について相談したりしている様子が見られた。
彼らは受付に入って来たシャベルに気付くやサッと目を背けた。それは侮蔑や畏れと言った物よりも、関わり合いになりたくない、早く出て行って欲しいと言う腫物扱いと言った言葉がしっくり来るような態度であった。
シャベルはそんな冒険者たちの中に実地試験の試験官であり護衛対象でもあるドット教官を見つけると、急ぎ近付いて声を掛けるのであった。
「おはようございます、ドット教官。本日はよろしくお願いします」
「あぁ、おはよう。シャベルはいつも時間前には来るんだな、早速で悪いが出発するとしよう。それと従魔の件だが悪かったな、テイマーのシャベルが試験を受ける以上従魔の数に制限がある事自体おかしんだが、シャベルの従魔は見た目がな。
以前の巨大ミミズよりは幾分ましだとは思うんだが、どう見ても大蛇だからな~。
そんな魔物が何匹も街道を進んで行く光景は周囲に恐怖心しか植え付けないからな、こればかりは諦めてくれとしか言いようがない。
一般的なテイマーなら二体から三体が限界なんだがシャベルの場合それが十体だ、それだけで脅威以外の何物でもないんだよ」
慇懃に礼をし挨拶するシャベルに対し、申し訳なさそうに言葉を返すドット。
シャベルの銀級冒険者昇格試験の実地試験を行うと言った話を聞いたマルセリオの商業ギルドから待ったの声が入ったのが昨日の事、曰く巨大ビッグワームの大軍に街道を占拠されては堪らないとの事であった。
またこの意見には冒険者ギルド内からも声が上がった。ウネウネと蠢く巨大ビッグワームを何匹も引き連れた冒険者がスコッピー男爵領の冒険者であると広く喧伝されてしまっては、自分たちはいい恥さらしになってしまうと。“マルセリオの冒険者、あぁ巨大ビッグワームの”となってしまえばマルセリオ支部から冒険者が減ってしまうと。
この意見は一見馬鹿馬鹿しいものの様にも聞こえる。だが冒険者とは“嘗められたらお仕舞”と言った考えを持つ者達である。彼らは“恥ずかしい呼ばれ方をするくらいなら拠点を替える”と言った行動を実際にする様な者達であり、事実そうした理由で冒険者不足に陥ったギルド支部が幾つも存在するのだ。
冒険者ギルドでは急遽幹部会議が執り行われ、最終的にビッグワーム一体であれば問題がないであろうと言う結論に達しそれを商業ギルドに通達。商業ギルドとしても一体のビッグワームであるのならとこれを了承、ドット自らが急ぎシャベルの住む魔の森の小屋へ走り事情を説明した経緯があったのである。
「次、身分証を提示せよってシャベルか、それとドット教官ですか。
って事はこれから実地試験か?頑張れよ。
それとビッグワームの従魔鑑札を提示してくれ。今回お供に付くビッグワームは“闇”と、お前も頑張るんだぞ」
“クネクネクネ”
「ハハハ、お前たちはいつ見てもビッグワームとは思えないよな。
それとシャベル、従魔鑑札はすぐに提示出来る様にしておけよ。これだけ大きなビッグワームだ、大蛇の魔物と勘違いされても仕方がない。
まぁシャベルのすぐ傍にいるんだろうから行き成り切り掛かられる事も無いとは思うが、馬鹿は何処にでもいるからな。
それと街や村での対応だが、中には従魔の侵入お断りと言った街や村もある。そう言った場合どうするのか、ドット教官と話し合っておいた方がいいぞ。シャベルはテイマーとして昇格試験を受けている以上考慮されてしかるべき事項だからな。
そうですよね、ドット教官」
門兵はそう言ってからドット教官に笑顔を向ける。片や“しまった、それがあった”とばかりに渋い顔になるドット教官。
「えっと、それはどう言った事なんでしょうか?」
門兵から告げられた想定外の言葉、従魔が街や村に入れない?
シャベルはこれまで宿屋や街の様々な商店から出入り禁止を喰らっていた。それは自身の“溝浚い”と言う呼び名から来る致し方のない事だと思っていた。
だが従魔が街に入れないとはどういうことなのか?テイマーである自身は街や村から弾かれた存在だとでも言うのか?
「あ~、うん、これは俺が説明不足だったわ、申し訳ない。この事は今後シャベルが直面する事態でもあるし、実際経験した方がより理解が及ぶだろうから試験はこのまま行う事としよう。
詳しい事は道すがら話す事にする。いつまでも街門を塞いでいては迷惑になるからな。
門兵殿、御助言感謝する。
シャベル、行くぞ」
ドット教官はその事を気付かせてくれた門兵に礼を言うと、シャベルと共にマルセリオの街を後にするのであった。
――――――――――
“フンッ、フンッ、シュッ”
“ギャフッ、ギャホッ、ギャウッ”
街道に現れた三体のゴブリン。
魔の森において常に警戒を怠らない事は常識であり必須である。そんな場所での生活を一年近く行っているシャベルは、通常アクティブスキルと呼ばれる<索敵>を無意識に発動し続けるまでに至っていた。
また地中で生活するビッグワームと言う魔物は、目と言う器官が退化する代わりに全身の感覚器官により振動を感知し、物体を判断する能力が備わっている。
この震度感知範囲は非常に広く、一キロ先の人の足音すら感知出来る程のものであった。
シャベルは三体のゴブリンたちが街道を行く獲物を待ち伏せしている事に早い段階で気付き、何時でも迎撃できるように準備していたのである。
「うん、見事なものだ。冒険者ギルドの訓練場に姿を見せなくなっていたからどうかと思ったが、これなら普通にその棍棒だけで行けるんじゃないか?
ゴブリンにも早い段階で気が付いていたみたいだし、周囲の警戒も怠っていない。
背後の警戒は闇が担当していたんだろう?従魔との連携もしっかり摂れているじゃないか。
普段から訓練を積んでるのか?」
倒したゴブリンの左耳を切り取り麻袋に詰めるシャベルに声を掛けるドット教官。
その手慣れた動き、警護対象を守るかのような動きをする巨大ビッグワーム。
ドットが疑問を持つのも尤もであった。
「いえ、これと言って訓練は。ただ冬場にキンベルさんが王都に長く出掛けていた事があったじゃないですか?あの時食べる物に困りまして、魔の森でホーンラビットの巣を探して捕まえるって事をしていたんですよ。そうしたらビッグワーム達が狩りに目覚めちゃいまして、何度も魔の森に出掛ける事に。
今の連携はその時のものですね、闇には魔の森で背後の警戒を担当して貰っていましたから」
追い詰められた生活、冬場の魔の森で単身行うホーンラビット狩り。
スコッピー男爵領では冬場とは言え全く魔物が出ないなどと言う事はなく、周囲への警戒は常に怠る事が出来ない。
シャベルの戦闘と従魔との連携は、そんな必要から生まれた生活技術の一つだったのである。
「ハハハ、うん、そうか。それなら安定した戦闘が行えるのも納得だ。
そうそう、この街道をもうしばらく言った所に村がある。そこは通過するだけの所で特に門番と言った様な者が立っている様な場所ではないんだが、巨大ビッグワームなんて見た事も無いだろうしましてや鱗が生えている闇の姿は大蛇の魔物そのものだからな、警戒されると思うから従魔鑑札の用意をしておいてくれ。
それと話の序に街門で門兵が言っていた事について話しておこう。
ここミゲール王国に限らずこの世界には多くの魔物が跋扈している。その事は魔の森に住み暮らすシャベルなら実感として分かると思う。
魔物と言うものは日常と隣り合わせに存在する脅威そのものなんだ。
シャベルも溝浚いの仕事でビッグワーム達を街に連れ込んだ時、街の連中からどう言った目で見られていたか覚えているだろう?
嫌悪や侮蔑、だがその根底にあるのは巨大ビッグワームに対する畏れ、魔物に対する恐怖に他ならないんだ。
シャベルが冒険者に成り立ての頃、冒険者連中からのやっかみはあれ街での評判は良かったと聞いている。誰もが嫌がる仕事を真面目に取り組むお前の姿勢には、皆が好意的な目を向けていたはずだ。
そんなシャベルに対する見方が変わってしまったのは飲み屋街の溝浚いが切っ掛けだ、あの時街の人間は初めてシャベルの従魔巨大ビッグワームの威容を目にしたんだ。
ウネウネと蠢く三体の巨大ミミズ、いくら人に害をなさないビッグワームだと言っても街と言う魔物から守られた環境で暮らす者にとっては恐ろしかっただろうさ。
口にこそ出さないがその感情は嫌悪感と言った形で表に現れた。
冒険者や領兵、門兵と言った魔物と戦う事を前提とした者達にとってはそこまででもなかっただろうが、守られた者達は本能的に魔物を嫌う。
樽から溢れて小山になったスライム達にさえビビるくらいだからな?
臭い、汚いはただの言い訳さ、シャベルに対する街の者の排斥は異常と言ってもいいからな。
テイマーは魔物を使役して魔物と戦う連中だ、その使役する魔物は当然魔物よりも強くなければならない。そんな恐ろしい魔物を街や村に引き入れたいと思うか?
俺が現役冒険者をやっていた頃にテイマーの冒険者と同じ依頼をした事があってな、その時に聞いたんだがテイマーとして拠点を持たずに冒険者をするのは相当に困難らしい。
先ず従魔がいると宿屋の宿泊を断られる。従魔の部屋への持ち込みはもちろん厩の貸し出しも駄目、馬が従魔の臭いに怯えると言われてしまえば抗議も出来ない。
次に街や村の出入り、大型の従魔は街や村に入る事すら出来ない。出入りが許されるのは比較的大人しい中型から小型のもの、闇は何とも言えないと言った大きさだな。
中には魔物が入り込む事自体を嫌うと言った場所もある。教会の敷地はまず無理だし、貴族の屋敷周辺も同様だ。貴族の中にはウルフ系の魔物や飛行系の魔物の愛好家もいるが、それは例外と思っていい。
同様に魔物の侵入事態を拒絶する村も存在する。
テイマーの職業持ちが冒険者ギルド内であまり注目されないのにはそうした理由もあるのさ。現にテイマーの職業持ちで金級冒険者になった者など数えるほどしかいないからな?白金級冒険者に至っては冒険者の歴史でもいたかどうか。少なくとも俺は知らん。
大抵はある程度の実績を積んだ後、貴族の馬番になったり飛行系魔物を使った情報伝達の仕事をしたりとかだな。
なんにしても大成の難しい職業と言われている。
ほら、村が見えて来たぞ。従魔鑑札を用意しておけ」
街道の先に見える村の光景、マルセリオの街以外の者との初めての出会い。
気持ちを
そんな浮かれていたシャベルの心は、ドット教官が語るテイマーの現実によって脆くも崩れ去って行くのであった。
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