第25話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (4)

“パチンッ、パチンッ、パチンッ”


野営地の日は暮れて行く。

「初日は野営の様子を見る、これも立派な試験の一つだ」と言われたシャベルは、野営地に辿り着く前に街道脇の林に生えている雑木の中から手頃な太さの木を選び伐採、手斧で使い勝手の良い長さに切り分け、ロープで縛りあげる事にした。

これは普段から行っている行為であり、シャベルにとっては慣れたものであった。


「ほう、手際がいいものだな」


思わず声を上げたドット教官に、“いつもの事ですから”とはにかむシャベル。

シャベルは作業を行っている最中も切らす事なく周囲の索敵を行っており、ドット教官の傍ではフォレストビッグワームの闇が警戒を行っていた。


まだ周囲に明るさの残るうちに野営地に到着したシャベルはすぐに夕餉の準備に取り掛かる。闇に頼んで地面の一部を軽く掘ってもらい、掘り出した土に生活魔法<ウォーター>で水を掛ける。


「鍋一杯の水を<ウォーター>」

現れた水は土に染み込み、それを闇が口に含んでよく捏ねる。

シャベルは生活魔法<ウォーター>を繰り返し訓練する事で、水量の指定と魔法名を唱えるだけで水を生み出す事が出来る様になっていた。これは所謂短縮詠唱と呼ばれる技術で、魔法使いの中でも熟練者が行う高度な技と言われるものであった。


闇がよく捏ねた泥粘土を使い輪を二つ作る。その一つに木の枝を五本差し、枝の周りに泥粘土を付けて行く。生活魔法<ブロック>を唱え固めた後ひっくり返して残りの輪に枝を差し込み、接続部周辺を泥粘土で固めたら再び生活魔法<ブロック>を唱え硬くする。

これを先程闇が土を掘り返した窪みに設置すれば、簡易的な釜戸の完成である。


シャベルは道すがら伐採してきた薪の一本一本に<ウォーター>の詠唱による乾燥を施し使い勝手のいい薪へと変えると、数本に手斧を使って細工を施し、着火の生活魔法を唱えるのであった。


簡易釜戸に掛けられた鍋から立ち昇る旨そうなスープの香り。シャベルは木製の深皿にスープをよそうとドット教官に差し出した。


「中々旨そうだな。これはどう言ったスープになるんだ?」


ドット教官はスプーンに掬ったスープを眺めながら、シャベルに問い掛ける。


「はい、ホーンラビットの干し肉と癒し草のスープですね。味付けは岩塩です。ホーンラビットと癒し草から旨味が出るんで、岩塩でもそこそこ行けるんですよ。

俺のいつもの食事です。小麦粉がある時はここに練った小麦粉を加えるんですけど、あまり荷物を増やしていざと言う時に動けなくなっても困るんで止めておきました」


シャベルの説明に感心しながらスプーンを進める。癒し草のスープは遠征をする様な冒険者の中ではよく行われる事であった。

癒し草はポーションの素材であり売れば金に変わるもの、それをスープの具材に変えようとする者はマルセリオの冒険者にはあまり見られない。だがそれは食料調達が容易な環境にある者の話であり、長期遠征に出る者はそうはいかない。出来るだけ荷物を減らす為、身近な野草で食材になるものがあれば積極的に利用する事は当たり前の事であった。

癒し草、偽癒し草と言った野草は比較的広い地域に自生しており、そうした意味において優秀な食材であると言えた。

そしてその事に誰に教えられた訳でもなく辿り着いたであろうシャベルに、感心したのである。


「このホーンラビットはシャベルが捕まえた獲物か?」


「そうですね。ただ岩塩が心もとなかったんで塩漬けではなく干しただけのものになりますが。ホーンラビットもそうですが、魔物肉ってただ干しただけでも結構日持ちするんですよ。今回は片道五日の行程とお伺いしていたんで、何とかなりそうですが。

あ、お代わりできますんでどうぞ。堅パンも無いんで寂しい食事になりますが」


シャベルはそう言うと、ドット教官の差し出した深皿にお代わりのスープをよそい、自身も夕餉を楽しむのであった。


「旨かったよ、ありがとう。それで夜番だが」


「あぁ、それなら俺と闇で行います。それも含めての試験だと思ってますんで。

ただ念の為警戒だけはお願いします、何と言っても俺旅って初めてですから」


そう言い笑うシャベルに「あぁ、それじゃ頼んだ」と答え横になるドット教官。

こうしてシャベルの野営地の夜が始まったのであった。


簡易釜戸に掛けられた鍋に道すがら採取した偽癒し草を放り込む。生の偽癒し草から溢れる緑は、煮出し茶と言うよりゆで汁ではあるのだが、夜番の御茶としては飲めない事も無い。

シャベルはゆっくりと燃える焚火の炎を眺めながら、今日あった出来事を思い出す。

マルセリオの街を旅立ってからこの野営地に辿り着くまでに過ぎた村は三つほどあった。どこも田舎と言った風情のある牧歌的な農村で、貧困に喘ぐと言った悲惨な状態ではなく、日々淡々と過ごしていると言った感じの場所であった。

ただその村にシャベル一行が訪れた時の反応はあまり宜しいものではなかった。

露骨に警戒の目を向ける者は良い方で、フォレストビッグワームの闇の姿に怯え逃げ出す者、鍬や鎌を構え戦闘態勢を取る者など。


「う~ん、色んな土地を見て回りたいって気持ちはあるんだけど、これだとどこに行っても嫌われそうなんだよね。ドット教官の話だとテイマー自体があまり好かれていないみたいだし、魔物が怖いって言われちゃうと何とも言い様がないんだよな~。

ウチは大所帯だし、マルセリオを離れるとなったら幌馬車が必要?

お金がいくらあっても足りないよな~」


がっくりと肩を落とすシャベルに心配そうに寄り添うフォレストビッグワームの闇。

焚火の炎はそんな二人を優しく照らし出す。

闇夜に広がる満天の星々、二人の夜番はこうしてゆっくり過ぎて行くのであった。



「おはようシャベル、昨夜はゆっくり寝させてもらったよ。夜中に一回騒がしかったけど、何かあったのか?」


簡易釜戸に火を付け朝餉の準備をするシャベルに声を掛けるドット。シャベルは起き上がったドットに朝の挨拶をすると昨夜の騒ぎについて話をするのであった。


「ドット教官、おはようございます。昨夜は騒がしくしてすみませんでした。ちょっとゴブリンの襲撃がありまして、数は五体だったんで大した事はなかったんですが、二体ほど弓を使って来たんですよ。

直ぐに闇が倒してくれたんで問題はなかったんですが、俺道具を使う魔物って初めて見ました、ゴブリンって頭が良いんですね。

でも言われて見れば腰巻きを巻いていたり棍棒の様なものを持っていたり、ゴブリンって相当に知能が高いのかもしれません。

ゴブリンって言えば冒険者ギルドだと底辺魔物扱いされてますけど、侮っていい魔物じゃないですね」


そう言い木の枝と何かの動物の皮か何かを使って作ったであろう小さな弓と、木の枝を削って作った先の尖った矢を手に取り眺めるシャベル。


「あぁ、それはゴブリンアーチャーと呼ばれる連中だな。ゴブリンはその武器や形状から幾つかの種類に分けられる。何も持たない個体や棍棒を持つ個体は一般的なゴブリン、一般的なゴブリンよりもやや大きく確りした身体付きで集団のを率いる個体がゴブリンリーダー、剣を持つ個体がゴブリンファイター、弓を持つ個体がゴブリンアーチャーだ。

ゴブリンが持つ剣は錆びているものや刃の欠けたものが多く、おそらく冒険者や商人から奪ったものを使ってるんだろうな。ゴブリンが剣の手入れをするとも思えないし、結果錆びてしまうんだろうよ。

ただこれが問題でな、ゴブリンファイターの錆びた剣で切り付けられると、そこから毒が入って来て高熱を出したりする事がある。これはポーションを飲んでも変わらない、だからゴブリン討伐の際はポーションの他に毒消しポーションも持って行った方がいいな。

他には身体が倍ほどに大きいホブゴブリン、大きな集団を指揮するゴブリンコマンダーやゴブリンジェネラル、ゴブリンキングなんて個体もいる。


こう言った分類は鑑定士のスキルで判別したものでな、実際の現場では武器を使うゴブリンって認識くらいしかないんだがな。

ただし武器を使ったり集団を指揮する様なゴブリンは皆知能が高く、強さは一般的なゴブリンの数段上になる。

こうした上位種の討伐依頼は銀級冒険者からの仕事となるな。その弓や剣はその際の討伐証明に使われるんだよ。

ホブゴブリン、ゴブリンコマンダー、ゴブリンジェネラル、ゴブリンキングは耳の大きさが通常の倍はあるからな、その辺で判断される。


討伐依頼を受けての討伐の場合左耳以外にもこうした討伐証明が必要だが、偶々倒したと言った場合は左耳だけだな、分類はゴブリンとホブゴブリンしかないしな」


シャベルはゴブリンの上位種と言う言葉に驚きを隠せなかった。だがそれは自身の従魔にも言える事で、進化したビッグワームをテイムしている以上、ゴブリンが進化すると言われても納得するしかないのであった。

進化し、道具を使い、武器を作り出して戦う魔物ゴブリン。連携し、集団で狩りを行うフォレストウルフ。魔物と言う物は決して侮っていいものではない。

自身の隣で今も周囲の警戒を行う家族の姿を見ながら、より一層その思いを強くするシャベルなのであった。



「すまんが街に魔物をとどまらせることは出来ない、街を通過する事は可能だが門兵の監視の下北門に出る所を見届けさせてもらう」


実地試験二日目、ヘイゼル男爵領の中心街リンデルに到着したシャベルは、門兵から掛けられた言葉にテイマーの現実を知る事となった。


「あ~、すまん。俺はスコッピー男爵領冒険者ギルドマルセリオ支部の武術教官を務めるドットと言う。現在このシャベルの銀級冒険者昇格試験を執り行っているところなんだが、リンデルの冒険者ギルドに立ち寄る事は可能だろうか?

途中襲ってきたゴブリンの討伐部位を提出したいんだが」


「まぁそれぐらいなら構わんが、いずれにしろ魔物の滞在は許可出来ん。これはヘイゼル男爵領の決まりでな、それと住民の不安を煽る様な行為は処罰の対象となる、厳に気を付けて貰いたい」


「あぁ、感謝する。シャベル、行くぞ」


ドット教官に促され街門を潜るシャベル。そしてその後ろからはシャベルと闇の様子を監視する二名の門兵。

リンデルの住民は闇の姿に一瞬驚きの目を向けるも、その後ろに待機する門兵の姿を見て安堵の表情に戻る。中には物珍しそうに遠目から眺めるものも出始める、これはこれまでの村では見られない光景であった。

二名の門兵による監視、その事が住民の心に安心感を作り出していると言う事を実感として納得させられる光景であった。

シャベルはドット教官の語ったテイマーの現実が真実であったと言う事を、改めて理解させられるのであった。


「それじゃシャベルは少しここで待っていてくれ、俺はリンデル支部に到着報告を行わないといけないんでな。

それとゴブリンの討伐報告は俺が行っておこう、ギルドカードを寄越してくれ」


冒険者ギルドリンデル支部は三階建ての建物で、外観はマルセリオの冒険者ギルドによく似たものであった。

本来討伐証明部位の提出はシャベル本人が行わなければならないものなのだが、門兵から従魔の傍を離れてはいけないと注意されてしまってはそうもいかない。

それにギルドの受付ホールに闇を連れて行った場合、騒動になる事は目に見えていた。そこでリンデル支部に到着報告を行う必要のあるドット教官が代わりに討伐部位提出を行う事になったのである。


ドット教官が冒険者ギルド建物内に入ってから暫く、シャベルの周りには闇の事を物珍しそうに眺める冒険者や街の住民によって人垣が出来ていた。

一見大蛇の様に見えるその姿、だが近くで観察すると別物だと分かる。その頭部の形状が蛇のそれとは明らかに違っている、あれは一体何と言う魔物なのか、遠目でヒソヒソと話す声は有れど近寄ろうとする者はいない。

この距離こそがテイマーとの距離、魔物に対する忌避感の距離なのだと実感するシャベル。


「ほら、あそこにいるのが今回の銀級冒険者昇格試験の受験者、テイマーのシャベルとその従魔だ。両脇に門兵が待機しているだろう?傍を離れる訳にはいかないんだよ。

あの従魔を二階に上げてもいいって言うんなら本人にゴブリンの討伐部位提出をさせるが?」


シャベルは二階の階段から掛けられた声に振り返り頭を下げる。そんなシャベルに、ドット教官の隣からシャベルの事を認めたギルド職員らしき女性は眉を顰める。


「分かりました。パーティーメンバーではありませんが事情を考慮し代理の提出を認めましょう。その代わりあの魔物は二階に連れて来ないでくださいね」


ギルド職員の女性は吐き捨てる様にそう言うと受付ホールへと戻って行った。後に残されたドット教官は肩をすくめ、その背中を追う様に冒険者ギルドへ入って行くのであった。

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