第23話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (2)

冒険者ギルドでシャベルが銀級冒険者の昇格試験における実技試験を受けてから四日が過ぎた。実技試験が合格であったことは試験から二日後、薬師ギルドの納品に行った帰りに立ち寄った際に、キンベルから知らされていた。

その際に実地試験の日程調整に手間取っているのでもう少し待って欲しいと言われたシャベルは、特に急ぐ事も無いと気長に待つ事にしたのである。

そして今日、キンベルから告げられた言葉はさもあらんと言った内容のものであった。


「シャベル君、お待たせして申し訳なかったね。シャベル君の銀級冒険者昇格試験の日程が決まったんで知らせておくよ。

実施は今日から三日後、闇の日にここ冒険者ギルドの前に来て欲しい。目的地は近隣のリデリア子爵領の中心都市ジフテリアになる。移動経路はスコッピー男爵領を過ぎて東に面するヘイゼル男爵領の街リンデルを通過、街道を通ってジフテリアを目指す形になる。

あとで簡単な地図を渡すから、詳しい事は資料室で調べて行くといいよ。

それと今回の実地試験なんだが、商人の護衛ではなく手紙類の配達になる。向かう先はジフテリア商業ギルドだね。商業ギルドでの対応は護衛対象になるドット教官が行う事になるから、シャベル君はドット教官を無事送り届ける事だけを考えてくれればいいよ。


それとこれはシャベル君に謝らなければならない事なんで伝えておくよ。本来シャベル君の昇格試験は今日マルセリオを出発する商人の護衛として行われるはずだったんだよ。昇格試験申込者が他に三人いてね、彼らとパーティーを組んでもらうはずだったんだ。

ただ彼らがシャベル君と一緒に試験を受けるんなら今回の参加は見合わせると言い出してね。理由は四日前シャベル君の従魔がやったアースウォールの破壊だね。あの威力に巻き込まれたら死んでしまうとか言われてしまうと、こちらとしてはなんとも言えないんだよ。試験官のドルイド老師の話ではオークキングの一撃に匹敵する威力だったらしい、凄まじい力だ、誇っていいと思うよ。

でもまぁこれはただのいい訳だね、これまで散々馬鹿にして来たシャベル君が見せた従魔達の力を畏れたと言った所じゃないかな。

それと商人の協力者なんだが、この街の商人たちは皆シャベル君を避ける様になってしまっているだろう?その足並みを乱した場合の事を畏れてしまってね。

ここは狭い街だ、人の噂があっという間に広がるし悪意や偏見も同様なんだよ。

こちらから頼んで試験に協力して貰っている手前、強くは言えないんだよ。

それで今回シャベル君には手紙を運ぶドット教官の護衛に就いて貰う事となったんだ」


人は一人では生きて行けない、田舎町であれば尚の事。地方都市での横の繋がりは良いにつけ悪いに付け強力である、シャベルはその事をこの一年で嫌と言う程学んで来た。

“生きているだけで儲けもの、生きてることがお陰様”

シャベルは知恵を絞り自身の昇格試験を執り行ってくれた冒険者ギルドマルセリオ支部の職員たちに感謝し、三日後の試験の下調べをする為に資料室へと向かうのであった。



「う~ん、水は<ウォーター>で出すとして、鍋と食器類は持って行った方がいいよな。ドット教官と二人旅だから二膳分?

基本野営だろうから外套は必須だね、水袋とコップも必要と」


シャベルの準備はシンプルであった。あまりものを持っていないと言う事もあるが小屋が出来るまではテント生活をしていた身である、必要最小限の荷物と言う物を熟知していた。


「でも他所の領の街か~、久し振りに買い物が出来るって事か。帰りに岩塩を買って来よう、小麦も欲しいんだけど試験中にあまり嵩張る荷物はな~。

沢山の荷物を運ぶって言えばマジックポーチとかマジックバッグだよな~。あれって幾ら位するんだろう、明日薬師ギルドに行ったら聞いてみよう」


魔の森の小屋に戻ったシャベルはその日の分の調薬の仕込みを終わらせると、三日後の出発に向け必要な者の整理を行うのであった。



「いらっしゃいシャベル、ついこないだ来たばっかりだってのに熱心だね。早速ポーションを出しな。

ん?今日は五本なのかい?随分少ないじゃないか」


薬師ギルド買取カウンター職員キャロラインは、普段決まって十本のポーションを持ち込むシャベルが今日に限っていつもの半分のポーションを持って来た事に、訝しみの視線を送る。シャベルはそんな彼女に申し訳なさそうに頭を掻きながら話をするのであった。


「キャロラインさんすみません。実は二日後に冒険者ギルドの昇格試験でリデリア子爵領のジフテリアに向かう事になりまして、暫く納品に来れないので作った分を持って来ました。

それでポーション瓶を二十本貰えますか?念の為にポーションとローポーションを作って持って行きたいんで」


シャベルの言葉になるほどと納得顔になるキャロライン。

彼女はそんなシャベルに対し、“それなら念の為腹下しと毒消しの丸薬を買っていくといいよ、それとやたらな所の生水は飲むんじゃないよ?水当たりは恐ろしいからね”と、旅のアドバイスを与えるのであった。


「いつも色々教えて下さってありがとうございます。そうだ、一つ聞きたい事があったんです。よく冒険者やお貴族様がマジックポーチやマジックバッグを持っているって話があるじゃないですか?行商人の中には時間停止機能付きのマジックバッグを持っている者もいて、新鮮な野菜や肉類を売り歩いているとか。

あれって幾ら位するものなんですかね?俺ってそう言った事は全く知らなくって。

ほら、時間停止機能付きのマジックポーチなんてものがあったらポーションを作り置きしておけるじゃないですか、凄く便利だと思うんですよね。

それにマジックバッグやマジックポーチに入れておけばポーション瓶が割れるって心配も無いですし」


シャベルは今回の昇格試験の準備をする中で、旅をする際の荷物の整理に苦慮していた。確かにシャベルはモノをあまり持ってはいなかった、だがそれでもそれなりの荷物はあるし旅先で買い物もしたい。

だがそれを持ち運ぶとなると諦めなければならないものが沢山ある。

それに旅の最中に魔物に襲われたら。今回の旅は護衛任務、自分はドット教官を守らなければならない。そんな者が多くの荷物を抱え身動きが取れないなんて事になったら話にならない。

そんな時思い出したのがマジックバッグの存在であった。シャベルはスコッピー男爵屋敷で下働きのような生活をしていた際に何度か出入りの商人を目にした事があった。その中の幾人かがマジックバッグを使い、遠方から仕入れた食材や調度品を運び入れていた事があったのだ。


「そうさね、物によるとしか言い様が無いんだがね。このスコッピー男爵領でお目に掛れるようなものは大概がマジックポーチか良くて小型マジックバッグと呼ばれるものだろうさね。

縦横高さがそれぞれ二メート以上の広さがあるものを小型マジックバッグ、縦十二メート半横十五メート高さ五メート以上のものを中型マジックバッグ、縦二十五メート横三十メート高さ十メート以上のものを大型マジックバッグって言うのさ。

小型マジックバッグよりも容量の少ないモノはマジックポーチと呼ばれていてね、縦横高さが一メートまでの物を小型、一・四メートまでの物を中型、それ以上のものを大型と呼ぶさね。

小型のマジックポーチは別名お財布ポーチとか呼ばれていてね。硬貨は重いだろ?マジックポーチに入れて持ち運ぶのがお金持ちや冒険者の間で流行っているのさ。

それにさっきシャベルが言ったみたいにマジックポーチに入れておけば倒れてもポーション瓶が割れる事も無い。破損しにくいオーガやミノタウロスの革製のマジックポーチは高位冒険者にも人気の品さね。


それで値段の方はその容量や付加機能、バッグやポーチの材質にもよるからね~。安い物ならそれこそ大銀貨五枚ほどの物からあるんだが、大概が魔道具職人の成り立てが作った品になるね。それほど物は良くないって話さ。

大容量マジックバッグともなれば名工と呼ばれる魔道具職人の作、お値段は聞くだけ無駄さね」


キャロラインの説明に唯々口をポカンと開けてしまうシャベル。シャベルはマジックバッグやマジックポーチがそれほど多くの分類に分かれているとは思っていなかったのだ。そしてその材質によっては値段に大きな開きが生まれると言う事も、彼にとってマジックバッグは沢山の物が収納できるバッグであると言う認識しかなかったのである。


「あぁ、シャベルはマルセリオの街の道具屋から出入り禁止を喰らってるんだったね。それじゃ値段の基準が無いのも仕方がない。

本当に物によるとしか言えないんだが、ちょっと待っておいで、今ギルド長に話を付けて来るから」


そう言い席を立つキャロライン、シャベルはよく分からないものの言われるがままその場で待つしかないのであった。


「待たせたね、ちょっとこっちにおいで」


キャロラインに呼ばれ後をついて行くシャベル、その向かった先は・・・。


“コンコンコン”

「失礼します、買取カウンター受付キャロラインです。先ほどお話ししたシャベルを連れてまいりました」


「あぁ、入ってくれ。有望な薬師は大歓迎だよ」


「ほら、いくよ」


シャベルが向かった場所、そこは薬師ギルドギルド長の執務室であった。


「よく来たねシャベル君、君の事はキャロラインから聞いているよ。ローポーションの講習からわずか半年で正規会員になった職外会員、本当に大したものだ。

私も前にポーション作製に挑戦したんだがね、火力の調整が難しくてね。職業補正がある我々調薬系職業の者ですら難しく諦める者がいる中での成功、職外の調薬師の誕生はこのスコッピー男爵領では初じゃないかな?

シャベル君の偉業はここスコッピー男爵領の見習い薬師たちの希望だよ、本当におめでとう。

あぁ、すまない、名乗っていなかったね。私は薬師ギルドマルセリオ支部のギルド長ベリル・マクレガーと言う、どうかよろしく」


そう言い着座を促すギルド長ベリル。シャベルは緊張の面持ちで一礼をし、席に着くのであった。


「それでここに来て貰ったのは他でもない、シャベル君がマジックポーチの購入を検討しているとキャロラインに聞いてね、ちょっと訳アリの品だがウチのギルドで所有するマジックポーチを紹介しようと言う事になったんだよ。

シャベル君はマジックポーチとマジックバッグの決定的な違いが分かるかな?」


ベリルギルド長に問われ暫し悩んだシャベルは、「収納量でしょうか」と答えた。


「うん、そうだね、明確な違いと言えばその収納量と言うのが一般的な見方だよ。

でもね、使用する上での最大の違いは仕舞い込める物の大きさなんだ。

冒険者が討伐したオークやオーガをマジックバッグに収納して丸ごと冒険者ギルドの解体所に持ち込む話があるだろう?あんな大きなものをどうやってバッグに詰め込むんだい?

マジックバッグにはバッグの口の大きさ以上の物を仕舞い込める機能が備わっているんだよ。

対してポーチにはそう言った便利機能はない、ポーチの口の大きさ以上のものが仕舞い込めないんだ。


それでこの品なんだが所謂大容量マジックポーチって奴でね、縦横高さが一・八メートの収納量がある。そのうえ時間停止機能付き、金額もそれなりに高額設定されていたんだよ。ただ売れなくてね。小型のマジックバッグが金貨十五枚も出せば購入出来る中、金貨二十枚で売り出されたんだよ。

誰が買うと思う?

冒険者はまず買わない、討伐した獲物を仕舞えないからね。調薬師が買うかと聞かれたら難しいかな。

いちいち一本ずつ取り出すのが大変だからね。

時間停止機能って点は確かに魅力的なんだけどね、その金額が出せるんならもう少しお金を出せば時間停止機能付きの小型マジックバッグを購入出来るしね。

困ったのがこのマジックポーチを企画制作させた薬師ギルドのお偉いさんでね、各領の薬師ギルドに販売物として押し付けたって訳さ。

所謂不良在庫って奴でね、ギルド支部としては時間停止機能付きのマジックバッグを使用しているし、使い勝手の悪さから結局うちみたいな小領のギルドに押し付けられたってところかな。

で、どうかな?シャベル君がよければ半値の金貨十枚でお譲りするよ?

流石にそれ以上の値引きは難しいけど、おまけでポーション瓶百本と大型ポーション瓶を十本付けようじゃないか。

引き渡しは支払いと交換とはなるけどね」


そう言いにっこり微笑むベリルギルド長。その表情はダメもとで聞いてみたと言った色合いに溢れていた。

だがシャベルの反応は違った。時間停止機能付きのマジックポーチ、それは彼にとっての命綱になりうる素晴らしい魔道具であったからだ。


「よろしいのですか!?ぜひお願いします。お支払いにはまだまだ時間が掛かりそうですが、早ければ来年の春にはどうにかなるかと。口座には金貨一枚半ほどは貯まっている筈ですんで」


「あぁ、こないだ冒険者ギルドの稼ぎを入れに来たからね。シャベルなら一年もあれば金貨十枚も貯まるかもしれないね。

ギルド長、そう言う事ですので販売予約の方をお願い出来ますでしょうか?」


「うんうん構わないとも。いや~キャロライン、いい仕事をした。シャベル君の支払いが無事に終了したら金一封を渡そう、それでうまい酒でも飲んでくれたまえ。

この不良在庫に目途が立ったと言うだけでありがたいよ、これからもシャベル君の相談に乗ってあげて欲しい。

シャベル君、君の活躍に期待しているよ」


思わぬ形で時間停止機能付きのマジックポーチ購入の道が出来たシャベル、思わぬ形で不良在庫処分の目途が立ったギルド長ベリル。

両者は購入予約契約を行い、固い握手を交わすのであった。

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