第22話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験
冒険者ギルド訓練場での従魔登録審査と銀級冒険者昇格試験の実技検査は無事終了した。シャベルが「従魔登録を行いたいビッグワームが後七体いるのですが」と告げると何故が従魔登録審査を担当する解体所主任デイリーが顔を引き攣らせ、副ギルド長のキャッシー・ローランドから「日頃の排水路清掃の様子はよく見ています。先程のビッグワーム達の行動検査を持って他のビッグワーム達も従魔登録審査を行ったものとしましょう。個体名だけを職員に告げ従魔登録申請を行ってください」と告げられる事となった。
シャベルは日頃の雑用仕事を評価して貰った事、ビッグワーム達の働きを見ていてくれる者がいる事に感謝し、副ギルド長キャッシーに一礼をすると書類手続きを行うためキンベルと共にギルド建物脇の臨時受付窓口へと向かうのであった。
「ドルイド老師、先程のシャベル氏の従魔達の働きをどう見ますか?」
訓練場に散らばったアースウォールの破片を片付けるギルド職員たちに目を向けながら、副ギルド長キャッシー・ローランドは隣に佇む冒険者ギルド魔法教官ドルイド老師に問い掛ける。
ドルイドは自ら生み出したアースウォールの惨状を興味深げに眺めながら返事を返した。
「フォフォフォ、そうじゃの、先程の従魔達の行動は見事としか言いようがなかったの。儂も何度かテイマーと言う者達を見た事があるが、大抵のテイマーは従魔の事を文字通り道具として見ておる。そして自分の思い描いた指示通り魔物を操る事が出来る事、より強力な魔物をテイムする事が出来る事が一流の証であると考えておったのう。
じゃがこのテイムと言うものが中々に興味深くての、テイムした魔物に強制的に命令を聞かせる事が出来る反面、その命令の精度は魔物との関係性に左右されるらしいのじゃ。
これは儂にテイムと言う物を教えてくれたテイマーが言っておったのじゃが、一流と呼ばれるテイマーは自身の使役する魔物の事をいかに理解しているか、いかに交流を取れているのかで決まるらしい。
例え上位種と呼ばれる魔物を使役していたとしても、テイマーがその魔物に対し嫌悪感を持っていたりきちんと向き合っていなければその能力を十全に発揮する事は叶わない。格下の相手にも負ける事があるとの事であったわい。
テイマーがどうやって人の言葉の分からぬ魔物に命令を聞かせる事が出来るのかと言えば、テイムスキルの恩恵としか言い様が無い。つまりテイマーと魔物とはテイムスキルを介し繋がっておると言っても良い。魔物がテイマーの指示する曖昧な命令でも動く事が出来るのには、このスキルの恩恵が大きい。
だがそれをより細かく正確に行えるようにするにはそれ相応の時間と訓練を要するとも言っておった。
翻ってシャベルであるが、テイム魔物に対して行った指示は“あの壁を攻撃して欲しい”だけであった。壁を破壊し終わった後の焦り様からすると破壊手段に関しての指示は一切なかった様であるの~。
つまりあれはあの従魔達が己らで考え行ったもの、どれ程の交流を取ればそれほどの知能を有する魔物に育つのやら。
進化したビッグワーム、フォレストビッグワームであったかの、ほんに興味深い魔物じゃて」
副ギルド長キャッシー・ローランドはドルイド老師にアースウォールを破壊したその威力について意見を聞いたつもりであった。だがドルイド老師から返ってきた答えはシャベルの使役する従魔達の事、そしてこの現象を起こしたシャベルのテイマーとしての技量の高さに対するものであった。
「まぁ副ギルド長が聞きたい事は分かっておる。あの四体が行った破壊攻撃の威力についてであろう?そうさの、単純な威力で言えばランス系の魔法数発分に匹敵するやもしれんの。儂もこれまで色々な魔物との戦闘を経験して来ておるがああも見事にアースウォールを破壊されたのはオークキング戦以来であるかの?
ミノタウロスの<金剛槌>と呼ばれるスキルであればより強力であろうかの。
条件にもよるがオークキング並みの力は発揮できると考えて良いかもしれんの。あくまで条件にもよるがの。
一番分かり易い例でいえば攻城兵器の破城槌であろうかの、もしくはカタパルトであろうか。勢いを付けて大質量の物をぶつけると言う意味ではどちらも同じじゃで。
要は準備が必要であり大きな隙が生まれると言う事じゃの。
討伐の現場で使えるかと言えばどちらも微妙であろう?あの技はそうした部類のものじゃよ、然程畏れる事はないじゃろうて。
真に注目すべきはあの従魔達が主人であるシャベルを慕いシャベルの為に考え行動した点であろうの。それほどの信頼関係を築けているテイマーはそうそうおるものではない。
つまりシャベルと敵対すると言う事は、あのよく分からん鱗に覆われたオークキングの腕並みの力を持った十体の巨大ビッグワームを敵に回すと言う事になるの。
しかもそれぞれが独立して襲って来るのじゃ、これほど恐ろしい事もそうそうないじゃろうて。
スライムについては何とも言えんの、儂はスライムに詳しくないでの」
ドルイド老師の言葉に、背中に冷たいものを感じる副ギルド長キャッシー。
「まぁそれでも副ギルド長が心配するような事はそうそう起こらんじゃろうて。
シャベルの忍耐力は尋常ではないからの。この街でのあ奴の立場は迫害以外の何物でもないからの?正直シャベルがこの街に居座る理由など何も無いじゃろうよ。
それでも生活の不安からしがみ付いておったのじゃろうが、キンベルの話では薬師ギルドの正規会員になったばかりか安定的なポーション作製技術も身に付けたらしいではないか。
これで一人前とされる銀級冒険者にでもなれば、生活すらままならんマルセリオなどいる意味が無いからの。
副ギルド長もそろそろシャベルがいなくなった時の為の準備を始めた方が良いのではないかの?」
ドルイド老師の言葉に訝しみの視線を送る副ギルド長。
「ドルイド老師、それは一体どう言った事でしょうか?確かに優秀なテイマーがマルセリオ支部を離れると言う事は痛手でしょうが、シャベル氏には冒険者としての討伐実績もそこまではない筈。冒険者ギルドが困る様な事は・・・」
副ギルド長キャッシーの言葉に、ドルイド老師は“ハァ~ッ”とため息を一つ吐いて言葉を続けた。
「まぁ冒険者ギルドは力が全て、嘗められたら終わりの自己責任の世界。魔物蔓延るこの世の為に存在する冒険者ギルドじゃ、お主の様に聡明である者でもその考えからは逃れられんと言う事かの。
お主がその様子ではギルド長などは更に理解出来んじゃろうて、これはキンベルによくよく言っておかねばならんかの。
確かにシャベルは討伐こそしておらんし客観的に見れば街中の依頼ばかりする底辺冒険者じゃの。最初の頃は“街の雑用係”、今は“溝浚い”のシャベルであったか。
副ギルド長はシャベルがなぜそのような侮蔑で呼ばれる様になったのか、よくよく考えた事があったかの?
金の無い登録直ぐの冒険者が街の雑用を行うのは当然であろうし力ないものがそうやって口凌ぎを行う事はよくある事じゃ。じゃがそ奴らはシャベルの様に雑用とまで呼ばれる様になっておるのかの?」
副ギルド長キャッシーは言われて初めて気が付く、何故シャベル氏がそこまで言われ無き侮蔑を受けねばならなかったのかと言う事に。冒険者は自己責任、自己を守る事は自己の役目。ドルイド老師に「強さこそ全てなのであろう?」と問われても否定できない自分がいた事に今更ながら気が付かされる。
「まぁお主のように上の者には気が付きづらいやもしれんがの。それはシャベルの仕事が丁寧で評判が良かったからじゃよ。
儂も一度家の掃除の手伝いを頼んだことがあったがの、これまでの様ながさつで人の話を上の空で聞いている者と違い、こちらの指示を聞き分からない事は聞き返し、終了時にはこちらの想定以上に整頓された部屋にしてくれおったわいて。
昨年飲み屋街の騒動の元となった排水路の清掃、あれもシャベルの仕事であろう?他の排水路清掃跡を見た事があったが、臭いはおろか排水路の底のレンガなんぞ生まれて初めて目にしたわいて。
そろそろ暑くなってくるからの~、来ておるんじゃろ?優先依頼とか言うシャベルの指名依頼が。普段の排水路依頼に気持ち上乗せされただけの依頼であったか、調薬に忙しい今のシャベルがその様な依頼を受けてくれるかの?それに銀級冒険者であれば通常指名依頼となる。銀級冒険者への指名依頼であれば依頼料もそれなりに払わねばならん。シャベルの事を“溝浚い”と揶揄し、買い物すら拒絶する街の者がその金額を払うのか、ましてやシャベルがいなくなった時これまでの様な冒険者の清掃に街の者が満足するのか。
同様の事を行おうとすれば水魔法や土魔法を得意とする魔法使いと運び出しの人手が必要じゃろうて。それにどれ程の費用が掛かるか。
シャベルのお陰で排水路の泥はかなり減っておるが、それでもの。
人は一度良い環境を知ってしまうと、元に戻っただけと言われてはいそうですかとはならんもんじゃろう?
現にこの冬場に街の者から色々言われておったじゃろうが」
ドルイド老師の言葉に改めてシャベルの存在の大きさに気付かされるキャッシー、だが気が付いたからと言ってシャベルを引き留める事など出来ようはずもない。それほどまでにこの街も、この冒険者ギルドマルセリオ支部も、シャベルに対し不自由を強いて来たのだから。
「シャベルの事じゃから今すぐどうのと言った事はないじゃろうが、その心構えは必要であろうの。
それと街の者に対する啓蒙じゃ、シャベルの様な存在は殊更優秀であったのだと言う事、一般的な冒険者の仕事はそこまでの要求に応えられないと言う事をよくよく理解してもらう必要があるの。そうでなければ冒険者ギルドと住民との溝は決定的となり、マルセリオ自体が立ち行かなくなる事態に発展する恐れがあるからの。
最も望ましいのは冒険者の質を向上し、シャベルに及ばなくともそれに近しい状態に持って行く事じゃが、無理じゃろ?これまでも何度もそうした試みは行って来たのじゃから。
儂の言うた“シャベルがいなくなった時の為の準備”とは、そう言う事じゃで」
ドルイド老師はそこまで語ると“冒険者は自由の民、シャベルは街の所有物ではないでの、勘違いせん事じゃの”と告げてその場を後にするのでした。
残された副ギルド長キャッシー・ローランドはこの先に待つであろう諸問題に、一人頭を抱えるのでした。
「はい、シャベル君、これが従魔達の従魔鑑札になるよ。本来従魔鑑札は従魔の身体の見え易い位置に付ける事が義務付けられているんだけどね、シャベル君の場合スライムとビッグワームだからね。ビッグワームは土に潜った時に取れちゃうだろうし、スライムに至っては何処に付ければいいのって話だろうしね。
そうした場合主人、この場合はシャベル君がいつでも提示出来る様にする事でその代わりとする事が出来るんだよ」
キンベルにそう言われて渡された十一枚の従魔鑑札。シャベルはそれをしげしげと眺めた後腰のポーチに仕舞い込み、代わりに登録料である銀貨十一枚をキンベルに手渡すのであった。
「はい確かに。それじゃ後はこの書類に従魔の名前と登録者であるシャベル君の名前を記入してくれるかな。それで従魔登録手続きは完了だよ。
街門の出入りの際には必ず従魔鑑札を提示する事、これは冒険者カードによる身分照会と同じだね。
それと次は銀級冒険者昇格試験についてだね。実技試験に関しては先程の試験で終了、まず問題ないだろう。次に行うのは実地試験となる。銀級冒険者になると依頼により商人や旅人の護衛として他の街に赴く任務を行う様になる。この実地試験では実際に商人の護衛に就き、指定された街まで護衛として赴く事となる。無論試験官が同行するが護衛任務中に起きる困難に対し試験官は一切手を出さない。但し商人に危険が及びそうな場合はその限りではないけどね。その辺の判断や試験の合否は試験官と商人に託されている。
日程に関しては予定が決まり次第知らせる様にするから二日に一回は冒険者ギルドに顔を出す様にして欲しいかな?」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
冒険者ギルドの銀級冒険者昇格試験、テイマーとして自身にどこまでの事が出来るのか。シャベルは緊張と不安を抱えながらも、出来る事を確実に行おうと頬を叩き気合を入れ直すのでした。
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