第21話 従魔登録と昇格試験

「この子たちがシャベル君の従魔のビッグワームたちだって言うのかい?」


冒険者ギルド建物裏に設置された訓練場、そこでは普段多くの冒険者が自身の技量を高める為に訓練に励み、互いの強さを確かめ合う為に剣を交える場所であった。

そんな訓練場では今、多くの冒険者が訓練場脇に集まりその中央の光景に興味深げな視線を送っていた。

その視線の先にあるものは模擬戦を行おうと気勢を上げる冒険者同士ではなく、冒険者ギルド解体所主任デイリーと総合受付責任者のキンベル、武術教官のドット、それと副ギルド長のキャッシー・ローランド。

そしてそんな彼らが注目する人物、マルセリオの街の底辺冒険者、“溝浚い”シャベルとその従魔たちの姿であった。


「うむ、確かに冒険者ギルド規定には魔物の種類による制約はない。従魔登録自体はその審査規定さえ満たしてくれればどのような魔物であろうと行う事が出来る。

一般的に職業を授かったばかりの見習いテイマーはホーンラビットと言った身近な魔獣をテイムしテイマーとしての技量を高めていくと言う。ただ従魔登録には登録手数料が掛かる関係でホーンラビットの従魔登録をする者はまずいないんだがな。


従魔審査は街中で従魔が他者に危害を加えないかどうかを基準にしている。

従魔が街の住民に危害を加えた場合、それは武器で住民を害した事と同様の扱いとなり、冒険者ギルド規定において処罰されるだけでなく領兵により捕縛される。

従魔の登録審査とはその危険性を確かめる意味合いがある。

審査内容はまず解体所職員による目視検査、これはその従魔がきちんと主人に従っているのかどうかを見る。主人の事など気にも留めず周りに興味を示し、他者に飛び掛かろうとしている様な場合はもちろん、いかにも凶暴な状態、興奮状態で周囲に殺気を振り撒いている様な場合も速失格となる。

次に行動検査、その従魔が主人の言う事を聞き行動する事が出来るかの検査となるんだが・・・」


そこで解体所主任デイリーは唸りを上げ腕組みをする。


「これまでシャベルの従魔は冒険者ギルドが従魔持ち込み許可書を発行する事で街の出入りを行って来た、それはシャベルの従魔が人に危害を加える事のない最下層魔物であるビッグワームとスライムであったことが主な理由だったんだが、シャベルの従魔たちの働きを考えるに従魔登録に必要な条件は全て満たしている様に思う。

だがビッグワームとスライムの従魔登録となると前例が。

それと進化したビッグワーム、フォレストビッグワームだったか?そんな魔物、聞いた事も無いんだが」


そう言い副ギルド長キャッシー・ローランドに目を向けるデイリー。


「キンベルに聞きます。シャベル氏の申請したビッグワームの種族進化について確認は取れているのですか?」


「はい、先ほど鑑定を行えるギルド職人に鑑定させたところ確かに種族名がフォレストビッグワームとなっていたとの報告がありました。シャベル君は<魔物の友>と言うスキルの関係上ビッグワームやスライムと言った最下層魔物しかテイムできませんがそれ以外の職業スキルは一般のテイマーと何ら変わりません。

テイマーは自身がテイムした魔物の状態を知る事が出来る<魔物鑑定>が使えますので、それで種族の変化があったことを知ったのだと思います。

それとこれは憶測となりますが、シャベル君がおそらくはビッグワームの上位種にあたるフォレストビッグワームをテイム出来ている理由ですが、上位種の魔物をテイムしていると言うよりかはテイムしていた魔物が進化したからと考えるのが妥当であるかと。

これが仮に魔の森の中で同種のフォレストビッグワームと出会ったとしてシャベル君がテイム出来るかと聞かれれば難しいとなるかと。

これはホーンラビットのテイムにすら失敗していることからも明らかの思われます」


キンベルの返答、それはあの場に佇む進化したビッグワーム、フォレストビッグワームをシャベルがテイムしているのは特殊な条件が重なった結果であり、今後シャベルが同種の魔物をテイムできるかどうかは分からないことを示すものであった。


「分かりました。それではまずデイリー主任は通常通り規定の従魔審査を行ってください。その結果問題がなければ従魔鑑札の発行を行うように手続きを。

それとシャベル氏は銀級冒険者の昇格試験の受験申請を行うと言う話でしたが」


副ギルド長キャッシーの問い掛け、それにキンベルが答えを返す。


「はい、シャベル君は今から二か月前に銀級冒険者の昇格試験受験資格を満たしておりました。ですが当時薬師ギルドの正規会員に昇格したばかりであったシャベル君はポーション作製の訓練に集中したいとその場での受験申し込みを辞退した経緯があります。

今回はポーションの作製にも目途が立った事もあり、銀級冒険者試験の受験とそれに伴う従魔登録となったようです」


総合受付責任者キンベルの報告に目を見開く副ギルド長キャッシー。


「キンベル、シャベル氏はテイマーではないのですか?確か<魔物の友>と言うスキルを所持し、排水溝の掃除をさせれば右に出る者のいないテイマーだと記憶しているのですが」


「はい、確かにシャベル君はテイマーです。これは十数年前に隣国オーランド王国から齎された技術なのですが、これまで調薬系のスキルがなければ調薬する事が出来ないとされていたポーションを、ローポーション同様スキルと関係なく調薬する事の出来るレシピが発表されたんだそうです。。

シャベル君は薬師ギルドでローポーションの調薬講習を受けた後、資金を溜めそのレシピを閲覧、失敗を繰り返し何とかポーションの作製に成功したとの事です。

ですが調薬師と違いスキルによってすぐにでもポーションを作り出す事は出来ず、一回の調薬でも二本から三本が限界との事でした。

これは薬師ギルドの職員から聞いたのですが、地方では薬師がおらず調薬系スキルを持たない所謂“見習い薬師”と呼ばれる者たちが調薬を行いその代わりを担っていたとか。その者たちがポーションの作製を行える様になったことで、多くの住民が救われる結果に繋がっているとの事です。

行商人から購入するポーションにも使用期限がありますので」


キンベルの説明に唸りを上げるキャッシー。最下層魔物を使役し“溝浚い”と揶揄される青年は、いつの間にか彼を馬鹿にする冒険者よりも高い能力を身に付けていた。

薬草に対する深い知識は、彼の冒険者活動においても十分役に立つであろう。


「分かりました。では合わせて銀級冒険者昇格試験の技術試験も行ってください。

ドットの方からは何かありますか?」


副ギルド長キャッシーは、昇格試験において試験官を務める武術教官のドットに意見を求める。


「いや、ただシャベルはテイマーだ、俺はまだテイマーの銀級冒険者昇格試験を担当したことがないんだが、この場合どうすればいいんだ?

テイマーと言えば魔物を武器として戦う職業だろう?そうなるとシャベル自身の力量と言うよりも魔物の力量が重視されるようになる。ただこの街でのシャベルに対する侮蔑、見下しは尋常じゃないからな。それで他の冒険者が納得するかと言われるとな」


「「「う~ん」」」


唸りを上げる面々。それほどまでにこの冒険者ギルドをはじめとしたマルセリオの街全体のシャベルに対する偏見は根深く、誰もがその事に対し異論を唱えられない雰囲気を作り出していたからであった。

ウネウネと蠢く巨大ビッグワームを操り、樽から溢れっばかりのスライムを荷車に積んで運ぶシャベルの姿は溝浚いと言う臭い汚い仕事のイメージと合わさりもはや覆し難いものにまで成長してしまっていたのである。


「ではこうしてはいかがでしょう、シャベル君の昇格試験の試験官役を冒険者に依頼するんです。その合否に関してはこちらで行うにしても、実際手合わせをすればその力量は伝わるかと」


「いや、それだと余計軋轢を作らないか?シャベルに負けた情けない奴とか言われた冒険者が、逆恨みで魔の森のシャベルの小屋を襲うなんてことになったら目も当てられないぞ。こいつらはキンベルさんが思う以上に馬鹿だからな?」


キンベルの提案はこの昇格試験を機に冒険者たちにシャベルを見直してもらおうと言った物であったが、その意見をドットが否定した。冒険者の気質、そこから生まれる悪意をドットはよくよく熟知していたのである。


「ドット、シャベル氏はそれ程の実力者であると言うのですか?」


そんなドットの言葉に副ギルド長キャッシーは疑問の声を上げる。それはこれまで冒険者ギルド内で、シャベルが何らかの騒動を起こしたと言う話を聞いたことがなかったからであった。


「あぁ、シャベルの力量ですが並と言ったところですよ?そうは言ってもあいつも魔の森で単身暮らすような奴です、その辺の冒険者よりかは警戒心が強い。圧倒的実力差はないものの、そう簡単に負ける事はないでしょう。

問題はあの従魔たちです。魔の森に単身小屋を建てて住み暮らす。こんな無謀とも言える状態を維持し尚且つ快適に過ごさせている連中です、その辺のグラスウルフよりも遥かに上と見た方がいいかと。

でもそんなことを言ってうちに所属している冒険者たちが納得すると思いますか?

ビッグワームは最弱、この思い込みは根深いですよ?ビッグワームに負けた冒険者なんて噂が立った日には、どうなる事か。逆恨みで襲い掛かっても不思議じゃない。

俺だってもしビッグワームたちに負けるようならどんな噂を立てられるか。

少なくともこの街で武術教官として生きて行くことは難しくなるでしょうね」


「「「う~~~ん」」」


更に難しい顔になる一同。だがそんな彼らに声を掛ける者が現れた。


「フォフォフォ、何やら興味深い催しをしていると聞いて来てみれば、お偉方が揃いも揃って何を難しい顔をしておるのですかな?」


それはこの冒険者ギルドマルセリオ支部において魔法教官を務めているドルイド老師であった。


「ふむ、要はあの魔物の実力が図れれば良いのであろう?であるのなら的を用意して破壊させればよいのではないかの?

ほれ、魔法使いが銀級昇格試験を行うときのあれじゃよ。何も直接誰かが戦う必要はないんじゃないのかの、従魔はあくまでテイマーの道具、武器なのであろう?」


「「「あ~、その手があったか」」」


その言葉になるほどと納得する一同。テイマーに使役された従魔とは言わば遠隔の武器、それは魔法使いの攻撃と変わらない。

であればその試験は魔法使いのものに準じればよい。

客観的に見える結果、目から鱗の解決策に流石はドルイド老師と唸りを上げる一同なのであった。


「まぁそれに儂は冒険者どもに侮られようと関係ないしの。助けがいらんと言うのなら好きにせいと言うだけの事じゃしの」


ドルイド老師はそう言うと、一同の顔を見回してからフォフォフォと笑うのであった。


「シャベル君、お待たせして済まなかったね。マルセリオの冒険者ギルドではテイマーの昇格試験を行った経験が少なくてね。それとシャベル君の従魔がスライムとビックワームと言う点もね。

これまでスライムやビッグワームをわざわざ従魔登録しようとした者がいなくてね。

と言うかこれほど大きなビッグワームを従えたテイマーなんて聞いたことも無いんだよ、本当に申し訳ない」


そう言い頭を下げるキンベルに“気にしないで下さい”と言葉を返すシャベル。


「それでまずは従魔登録なんだが、ビッグワームとスライムの目視検査は問題ないとの事だよ。これだけ多くの冒険者に注目されている状態でも、この子たちは大人しくしているしね。

次に行動検査なんだけど、シャベル君は銀級冒険者の昇格試験の受験申請を行うと言う話だっただろう?その試験でギルドの武術教官による技術試験と言うものがあってね、テイマーの場合どう言った形式で行ったらよいのかと言う話になっていたんだよ。

それで魔法使いの冒険者たちが行う試験に準じると言う事になってね、シャベル君の従魔に的を攻撃してもらう様子を持って行動試験としようと言う事になったんだよ。

シャベル君はそれで構わないかい?」


「はい、俺の方は問題ありません。それで俺はどうしたらいいんでしょうか?」


「フォフォフォ、それは儂が説明しようかの。これから儂が土属性魔法の<アースウォール>で土壁を作る。お主には従魔たちに命じてその壁を破壊してもらいたい。

なに、どれ程の攻撃力があるのかを見るだけじゃで壊せんでも構わん、要は客観的に分かりやすい形でその力量を測りたいだけじゃからの」


ドルイド老師はそう言いフォフォフォと笑うと、<アースウォール>と唱え訓練場に縦二メート横三メートの壁を出現させるのでした。


「春、夏、秋、天多、そういう訳であの壁を攻撃して欲しいんだけど、どうかな?」


“““クネクネクネ”””

“ポヨンポヨンポヨン”


シャベルからの問い掛けに、“任せて~♪”と言わんばかりに張り切りの感情を伝える従魔たち。


「それじゃお願い」


シャベルの言葉に従いクネクネポヨンポヨンと壁の前に移動する四体の従魔。

ギルドの職員たちばかりか訓練場に集まった大勢の冒険者たちの視線が、四体の従魔たちに注がれる。


“グニョグニョグニョ”

ビッグワームの春が自らの身体を丸め球状に変わる。


“グニュヨ~ン”

スライムの天多が丸まった春の一部に張り付くやその身体を伸ばし、その伸ばされた端をビッグワームの夏と秋の身体に張り付ける。


“グルン、グルン、ブオン、ブオン、ビユン、ビユン、ブンブンブンブンブンブン”


二体のビッグワームに振り回され回転の度に勢いを増す球状のビッグワーム、そして・・・


“ドゴ~~~~ン”

轟音と共に粉々に吹き飛ばされたアースウォール、それは正に攻城兵器、破城槌による攻撃。爆発音と共に飛び散った壁の欠片が、その破壊力の凄まじさを物語っていた。


「春~~!!大丈夫か~~!!お前身体張り過ぎ、怪我でもしたらどうするんだよ!!

取り敢えずポーションを飲もう、ポーションを!

天多と夏と秋、頑張ってくれたのは嬉しいけど張り切り過ぎ、怪我でもしたらどうするの!皆自重して!?

でも頑張ってくれたんだよね、ありがとうね」


真っ先に駆け出し従魔たちの心配をするシャベル。テイムの繋がりを通じ、心配する気持ちと感謝の気持ちを受け取り喜びに震える従魔たち。

冒険者ギルド訓練場で交わされる、テイマーと従魔の心温まる光景。


ただし他の人間はそうはいかない。

試験を監督する冒険者ギルドの面々と訓練場に集まった多くの冒険者たちは、目の前で引き起こされた惨状に、ただただ茫然とするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る