第20話 今やれる事、出来る事
“パキンッ、パキンッ”
竈の炎に向かい焚き付けの枝を放り込む。調薬鍋の状態を見詰め、時折燃える薪を散らしながら火力を調整、沸騰しない温度を保ちつつ、煮出しの状態を観察する。
じわじわと染み出す薬効と共にわき出る灰汁は、乾燥スライムの欠片が吸い取り鍋の中の液体は美しい緑色をしている。
その乾燥スライムの欠片はその分量とポーションの出来に関係はなく、レシピでは一欠片となっていたが三欠片でも四欠片でもその出来に違いはなかった。ただし、多くの欠片を入れる事で保温率が上がるのか、火力を下げても温度を保つ効果があるようであった。
この発見は癒し草の焦げ付き防止に大いに役に立ち、ポーション作製の成功率アップに貢献することとなった。
「よし、時間だ。鍋を下ろさないと」
自動で数を数える事の出来るスキル<カウンター>、このスキルに目覚める事がて来たのは僥倖であった。
シャベルがこれ迄取り組んで来たローポーション作製における失敗の最大の原因が、時間に気を取られて火力をミスする事であったからだ。
だがポーションの作製はそんな素晴らしいスキルに目覚めたシャベルにとっても難題であった。
数多くの失敗作を作り出しながら漸く提出する全てのポーションに並品質を貰えるようになったのは、シャベルが薬師ギルドの正規会員になってから二ヶ月の月日が経ってからであった。
“ガタッ”
「よし、後はこれを一晩寝かせれば完成っと。フ~ッ、しんどい。
でもスライムの欠片を多く入れる事で鍋の蒸発を防いで一回に三本分のポーションを作れる様になったのは大きいよな。これ迄は二本分しか作れなかったもんな。
こんなに大変なポーション作製を材料と詠唱だけで作れる調薬師の職業スキルって、やっぱり凄いな~」
職業やスキルは女神様の慈悲、シャベルは女神様の偉大さを肌で感じると共に、自身に職業やスキルをお与えになって下さった事に心から感謝の祈りを捧げるのであった。
季節は春を過ぎ初夏に差し掛かろうとしていた。魔の森の魔獣もそれぞれのテリトリーでの生活となり、これ迄の様に頻繁に襲って来るような事もなくなっていた。
魔物たちはそれぞれの場所で己の存在を主張する、十体のビッグワームに守られたシャベルの小屋の回りには、その存在を警戒してか無謀な行動を取る魔獣は数を減らすのであった。
この二ヶ月の変化は、何もシャベルのポーション作製技術の向上ばかりではなかった。
“クネクネクネクネ”
「おう、光、今日は失敗しなかったから滓だけだぞ?お前って本当に癒し草が好きなのな」
小屋の扉を開けると、そこには待ち構えていたとばかりにビッグワームの光が大きな身体をくねらせて、シャベルの手元に有るポーション作製滓をねだるのであった。
その体表にはまるでヘビの様な小さな鱗状のものがあり、これ迄の様なテカテカしたミミズの姿とは似ても似付かない。
シャベルはそんな光を見て思う、“こいつらビッグワームじゃないよね?”と。
冒険者ギルド総合受付責任者キンベルからもたらされた朗報、銀級冒険者試験受験資格書の交付。その事に対しシャベルの喜びはどれ程のものであったか。
銀級冒険者と言う資格はシャベルにとっての目標であり憧れ、一人前の冒険者として認められると言うこと、これ迄無能と蔑まれ続けてきたシャベルにとっての唯一の希望であったからだ。
銀級冒険者になれば誰構うことなく好きな土地に赴く事が出来る、一人前の冒険者になればスコッピー男爵家から命を狙われる心配もなくなる。
スコッピー男爵家当主ドリル・スコッピーに畑脇の小屋に住まう様に指示されてからこれ迄、それ以前、母が流行り病で亡くなりスコッピー男爵家に引き取られると決まってからずっと、シャベルは自身がが男爵家の忌諱に触れ儚くされてしまう事を恐れていた。
「シャベル、ごめんね。あなたを守れないお母さんを許して。
“生きてるだけで儲けもの、生きてるだけでお陰様”
シャベル、決して諦めないで、どんなに辛くても旅立ちの儀迄は生き抜いて。
そうなれば冒険者になれる、一人前の銀級冒険者になれば何処へでも行くことが出来る。
そうしたら何処か暮らしやすい街を見つけて幸せに暮らして・・・。
私の大好きなシャベル、愛しの我が子」
涙を流しながら髪を撫でてくれた母の温もり。自分の事よりも常にシャベルの事を思ってくれた母の言葉を、シャベルは決して忘れはしない。
自身は物覚えが悪い、不器用である。シャベルは己をよく知っていた。スコッピー男爵家での蔑まれ続け罵倒され続けた日々は、その思いをより強固なものにした。
一つ一つ確実に。
シャベルはキンベルから銀級冒険者試験受験資格書を貰うと、それを大切に背負い袋に仕舞い込み、申し込みの即答を避けた。
自身は弱い、その事はシャベルが一番よく知っていた。最下層魔物であるビッグワームにもスライムにすら勝てる自信はなかった。
彼らの強さは日々の生活魔法<ウォーター>の訓練でスライムに濃厚な魔力水を与えたり、朝の棒術の訓練でビッグワームに相手になって貰っている自身が一番よく知っていた。
日々成長しやれる事の増えるスライムの天多、魔の森の小屋を守護し、訪れる魔物を悉く倒すビッグワームたち、これが最下層魔物。
シャベルはどれ程の訓練を積めば銀級冒険者になれるのか検討もつかなかったのだ。
“今回銀級冒険者試験受験資格を得られたのは従魔たちのお陰であり、自身は何の力もない。ならば今は出来る事を少しづつ”
シャベルの今の目標は品質の良いポーションを作れる様になること。
自身を見失わす地に足を着けてコツコツと。
シャベルはキンベルに薬師ギルドの正規会員になったこと、ポーション作製の訓練の為しばらく昇格試験は受けないことを告げ、冒険者ギルドを後にするのだった。
冒険者ギルドから帰ったシャベルは、これ迄以上に懸命にポーション作製に取り組んだ。
工夫した点、失敗した点、シャベルは気になる事を紙に記し、工夫と改善を続けた。
その間もシャベルの小屋には不意の訪問者、腹を空かせた魔獣が訪れてはいたが、シャベルはそれらを冒険者ギルドに納品せず、ビッグワームたちに餌として分け与えていた。
また、スライム達にだけ魔力水を与えるのも不公平であると、日々の感謝を込めてビッグワーム達にも魔力水を与えるようにしていた。
一体何が原因だったのか。
体表を鱗の様なものに覆われた十体のビッグワーム、その下でポヨンポヨン跳び跳ねる一体のスライム。
「天多、何で一体で跳び跳ねてるの?と言うか他の天多たちは?」
“ポヨンポヨン、ポコポコポコ”
シャベルの言葉に分裂し数を増やす天多。
「あ~、分かったから、増えなくていいから。えっと、未だ寒い夜もあるんで寝る時の隙間風防止だけはお願いします。それと生活魔法<ウォーター>はどうする?その身体じゃそんなに一杯飲むことは」
“ボヨン、バウン、バウン”
「あっ、大きくもなれるんだね、分かったよ。でもその姿はあまり人前では見せないでね、騒ぎになっちゃうから」
シャベルはこの二ヶ月努力し成長したと思っていた。だがそれは従魔の成長に比べたら微々たるものでしかないのだと思い知らされた。
「俺は何処か調子に乗っていたのかも知れないね。
春・夏・秋・冬・光・闇・焚火・土・水・風、それと天多。
これからもずっとよろしくね、俺の家族たち」
““““クネクネクネクネ””””
“ポヨンポヨンポヨンポヨン”
シャベルはこれ迄自身の弱さから銀級冒険者試験の受験を先延ばしにしてきた。殆んど魔物と戦ったことのない自身が受験しても合格するとは思えなかったからだ。
そしてポーション作製と言う言い訳に逃げた。
実際それが必要な事であったことも都合がよかった。
だがそんな事ではいけないと言うことを、自身の何歩も先を行く家族たちが教えてくれた。
自身は一人じゃない、自分は剣士でも魔法使いでもない、テイマーなんだと。
「ねぇ皆、俺、銀級冒険者の昇格試験を受けようと思うんだけど、どうかな?」
““““クネクネクネクネ””””
“ポヨンポヨンポヨンポヨン”
伝わる思い、それは応援、励ましの心。
「ありがとう、皆も手を貸してね」
““““クネクネクネクネ””””
“ポヨンポヨンポヨンポヨン”
シャベルの言葉、頼られる事への喜び。従魔たちは家族の為に頑張ろうと、気持ちを一つにするのであった。
――――――――――
「次、身分と目的を告げよってなんだ!!おい、シャベル、その大蛇は一体なんだ!!」
手に持つ槍を構え、警戒の姿勢を取る門兵たち。
向けられた先は冒険者シャベルとその背後の三体の大蛇。
ついにシャベルの我慢も限界に達したのか!?しかしハズレスキル<魔物の友>を持つシャベルがどうやってあの大蛇の魔物をテイムしたのか。
混乱しつつも警戒する門兵に、シャベルは慌てて声を掛ける。
「待って下さい、冒険者のシャベルです、これがギルドカードです。今日は魔物の従魔登録に来ました、この三体はこれから従魔登録をしに行く魔物です!」
「「従魔登録に行く魔物?」」
シャベルの必死な様子とその言葉に、自分達の勘違いに気付きばつが悪そうに構えを解く門兵たち。
「なんだ、従魔登録だったのか。行き成り強そうな大蛇の魔物を引き連れた人間が現れたからビックリしたぞ。
でも良かったな、<魔物の友>のスキルのせいでまともな従魔を持てないって話だったが、そんなに強そうな魔物がテイム出来て。
これからは残念テイマーなんて言われないぞ?」
そういいにこやかに笑う門兵に、シャベルはキョトンとした顔で返事を返す。
「いえ、こいつらは門兵様も何度か見たことのあるビッグワームですよ?なんかいつの間にか進化したみたいで、種族がフォレストビッグワームになってました。
何がどうしてこうなったのかは分からないんですけどね」
そういい頭を掻きながら笑うシャベル。その言葉に“はっ?そんなことがあるのか?”と言った顔になる門兵たち。
「あ、俺の所ってビッグワームが十体いまして、後二回ほど伺いますんで、お騒がせしますがよろしくお願いします」
そういい頭を下げ、街に入って行くシャベルとそれに付き従う三匹の大蛇、もといビッグワームたち。
門兵たちはその様子をただ呆然と眺めることしか出来ないのであった。
冒険者ギルド解体所受付、そこでは冒険者の男たちが討伐してきた獲物を職員に渡し、査定を行っているところであった。
「う~ん、これはちょっとな。いくらなんでも切り付け過ぎじゃないのか?ズタボロで毛皮の価値がないじゃないか。これだと肉の買い取りだけになる。
グラスウルフ二体で銀貨一枚銅貨十枚って所だな、その辺が限界だ」
解体所職員の査定に納得出来ない冒険者は、声を荒げて抗議を行う。
「ふざけんじゃねえ、こちら命掛けでグラスウルフを討伐してきたんだぞ?それを銀貨一枚と銅貨十枚?そんなもの昼飯代にもならねえじゃねえか!
てめえじゃ話にならねぇ、責任者を出せ、責任者を!」
「「「そうだ、そうだ、責任者を出せ!!」」」
「そうは言っても討伐だったら討伐報酬があるだろう?グラスウルフ二体の討伐確認は取れたからそれで満足して貰うしかないな。
買い取りはあくまで魔物の商品価値、この状態じゃ毛皮としては売れないから肉だけの価値となる。
しかも傷口が多くかなり斬り込まれているため、各部位に分けての販売も難しい。
そうなると皮を剥いで屑肉として引き取って貰うしかない。
さっきの査定金額だってギルドの利益無しの卸し原価みたいなもんなんだぞ?流石にそれ以上は出せん。
納得が行かないんなら肉屋に持ち込んでみてくれ、これ以上の金額は提示されないはずだ」
解体所職員はそう言うと討伐確認書と買取確認書を出し、サインを求める。
納得行かない冒険者が腰の剣に手を掛けようとした、その時であった。
“ズズズズスズッ”
突如背後に立ち上がる巨大な影、それは鎌首を持ち上げた三体の大蛇。
その三体から放たれる威圧に冒険者たちは腰を抜かし、慌ててその場を逃げ出そうとする。
「あ、お忙しかったですかね?
あの、従魔の登録をお願いしたいんですが、確か登録審査って解体所受付で良かったんですよね?」
そんな大蛇の背後から掛けられた申し訳なさそうな声。
そこにいた人物、それは“溝浚い”と呼ばれ、宿屋どころか街の全ての商店から入店拒否された底辺冒険者シャベルの姿であった。
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