第19話 過ぎる日常

“ガタガタガタ”


「次、身分と目的を述べよってシャベルか。荷車を引いてって事は今日も冒険者ギルドか?ここのところ多いな」


「おはようございます。こちら冒険者ギルドのギルドカードです。

大分暖かくなってきましたからね、魔の森の魔獣たちも冬眠から目を覚まし始めたみたいでして。うちの小屋の周りでも冬眠明けの個体がうろつく様になったんですよ。

冒険者ギルドで聞いたら春先の時期は冬眠明けで腹を空かせた魔獣が一番活発に動き出すらしいじゃないですか、本当に毎日の様に罠に掛かるんですよね」


そう言い自らの引く荷車に目を向けるシャベル。そこにはロープで括り付けられた二頭のグラスウルフ。


「俺も今は調薬の修業に励みたいんですけど、折角捕まえたのに腐らすのももったいないんで。門兵様も魔物の警戒があって大変でしょうが頑張ってください。

それでは失礼します」


再びガタガタ音を立て荷車を引きながら街門を抜けて行くシャベル。

門兵はそんなシャベルの後ろ姿に、“シャベルの奴、薬師ギルドの正規会員になって自信が付いたのか男らしくなって来たな。こりゃ俺も負けられないな”と自らに気合を入れ直すのでした。



「すみません、魔物の買取をお願いします」

冒険者ギルド建物脇の解体所受付、そこでは季節が温かくなった事で増えた魔物の持ち込みに、解体所職員が忙しなく動き回っていた。


「はいよ、お待たせってシャベルか。で、今日は何を持って来たんだ?またいつかみたいに大量のホーンラビットか?」

解体所職員はシャベルの顔を見つけるや笑顔を向け、揶揄い交じりに声を掛ける。


「アハハハ、その節はご迷惑をお掛けしました。あれはその、ウチの従魔達が調子に乗りましてですね、何と言うか、申し訳ありませんでした」

そう言いぽりぽり頭を掻くシャベル。


「アハハハ、冗談だよ、冗談。正直あの数には驚いたが、丁度肉屋にせっつかれていた所だったんでな、こちらとしては都合が良かったんだよ。

肉屋には“これは特別なんだからな”って言ってガッツリ恩を売る事が出来たしな。

しかし驚いたのはビッグワームがホーンラビットの巣穴を見つけたり、巣穴からホーンラビットを引き摺り出してくれたりしていたって事だよ。

魔物としては最底辺とみられていたビッグワームにそんな優秀な一面があるとはな。

以前資料室で「スライム使いの手記」と言うスライムの専門書を読んだ時も随分と感心したものだけど、ビッグワームも使い様、最下層魔物だの何だのって馬鹿にしてその有用性に気が付かなかっただけなんだなって改めて思い知らされたよ」


「あ、職員さんもあの本読まれたんですか?俺感動しましたよ。あの本を書かれたジニー・フォレストビーと言う御方も俺と同じ<魔物の友>のスキル持ちだったそうなんですよ。それでもその事にめげずスライムの生態を研究し有効活用し、銀級冒険者として活躍なさっていたとか。憧れちゃいますよね~。

それでもやっかみや侮蔑からは逃れられなかった様で、転身されてフォレストビーの蜂蜜農家として大成なさったとか。

もう雲の上の御方ですよ。フォレストビーのテイムなんて発想、俺にはありませんでしたから」


「そうそう、あとがきに書かれていた筆者の話だろ?あれには俺もびっくりした。

最下層魔物しかテイム出来ないと言われるスキル<魔物の友>、でもその効果により多くの個体を使役する事が出来る。それをフォレストビーの養蜂に活用するなんて普通は思い付かないだろう。

確かにフォレストビーの養蜂はテイマーでなくとも出来るし、必要かと聞かれると即答は難しいだろうけどよ、テイマーは使役した魔物の状態を知る事が出来る。

これは養蜂家にとっては朗報以外の何物でもない。

それに魔物と多少でも意思の疎通が出来るんだ、巣箱に害獣が迫ってる時なんかも直ぐに察知出来るってもんだ。

ジニー・フォレストビー、養蜂家のジニーさんてことなんだろうけど、大したもんだよな」


「そうですよね、前に薬師ギルド買取カウンター職員のキャロラインさんに言われたことがあるんです、“職業は女神様がお与え下さった慈悲、言わば道具、それをよく知りもしないで嘆くのは女神様に対して失礼だ”って。

「スライム使いの手記」はその事を改めて教えてくれました。あの本は全ての外れスキル持ちにとっての聖典ですよ、頑張れって応援されてる気持ちになりましたから」


「ハハ、違いない。俺も解体所職員として気合を入れ直さないとな。

それで今日は何を持って来たんだ?」


「はい、グラスウルフ二体です。それとゴブリンの討伐部位が二つ。ゴブリンは大分動きが活発になってきてるみたいですね」

そう言い荷車に目を向けるシャベル。解体所職員はそのグラスウルフの状態に口笛を鳴らす。


「シャベルの持ち込むグラスウルフは傷がほとんどないからな。罠による討伐、打撃痕だな。知ってたかもしれないが、魔物って奴は傷口があるとそこから魔力が抜けるのか状態が悪くなって行っちまう。こんな感じで打撃によって撲殺した場合その傷口がほとんどない、状態の劣化も遅くなるんだよ。

例えばグラスウルフの場合、打撃による討伐なら二日~三日前に倒した魔物の状態が剣によって四~五時間前に討伐したものとほぼ変わらないんだ。無論魔物の買取評価はその分高くなるし、肉屋に直接持ち込む場合なら買取価格も高くなる。

まぁそうは言っても冒険者連中は打撃武器を下に見るきらいがあるから剣でズタボロに切り裂いた獲物しか持ち込まないんだけどな。

うん、申し分ないな、一体銀貨一枚銅貨二十枚だな。この時期のグラスウルフは痩せてるからな、数も出始めるから冒険者ギルドではこの価格が限界だな」


「いえ、その値段で結構です。ありがとうございます」

シャベルは元気に返事を返すと、解体所職員の差し出した買取確認書にサインをするのだった。



「そうだ、シャベルがあまりに普段通りだったから忘れる所だったよ。キンベルさんが戻って来てるんだった。今呼んで来るからシャベルは臨時受付窓口に寄ってくれるか?」

解体所職員から告げられた朗報、それはキンベルが王都出張から無事に戻って来ていると言うもの。それはシャベルのサバイバル生活の終わりを告げる言葉。

岩塩、小麦粉、野菜の種。シャベルの脳裏に次々と浮かぶ欲しいものリスト。


「分かりました、そちらに行って待ってます」

シャベルは解体所職員に返事を返すと、足取りも軽く臨時受付窓口へと向かうのであった。



「シャベル君、本当に申し訳なかった。一カ月半の王都出張と言っておきながら二カ月以上も掛かってしまった、その間シャベル君にはずいぶんと不便を掛けてしまって、本当にすまなかった」


キンベルはシャベルの顔を認めるや土下座の勢いで頭を下げた。シャベルの現在の生活状況において、物資の提供を行う者がいなくなればどう言う事になるのか。それは火を見るよりも明らかであったからだ。

だがシャベルはそんなキンベルに慌てて顔を上げる様に言い、特に気にしていない旨を伝える。


「頭を上げてくださいキンベルさん。俺は別に怒ってもいないしそこまで追い込まれた生活もしていませんでしたから。

冒険者は自己責任、受けた依頼の結果がどうであれそれは依頼を受けた冒険者の責任でしたっけ?その言葉をそのまま受け取れば俺の今の状況は溝浚いと言う依頼を受けた俺自身の責任、その事自体に何かを言うつもりはありませんし、冒険者ギルドとしてキンベルさんが買い置きをしてくれている事にはとても感謝をしているんです。

それに荷車や樽も借りっぱなしで、こちらの方こそ申し訳ありません」


そう言い頭を下げるシャベルに、更に罪悪感を感じるキンベルなのであった。


「そうそう、買取の清算が滞っていたんだったね。帰ってすぐにこれまでの分は計算しておいたよ。随分と沢山のホーンラビットを討伐したじゃないか、冬場の時期に一体どうやってって驚いたものだよ。あ、方法は教えなくてもいい、と言うか教えては駄目だからね?冒険者は手の内を明かさない、これは長生きの為の秘訣なんだ、シャベル君は人が好いから直ぐに人にしゃべってしまいそうで心配だな~。本当に気を付けるんだよ?」


「あ、はい。ありがとうございます」

シャベルはキンベルの音場に感謝しつつ、“そう言えば解体所職員さんに話しちゃったけど大丈夫かな?”と頭を掻くのであった。


「まぁ気を付けてくれればいいよ。それで清算だけどゴブリンの討伐部位提出が三十二体分、一体銅貨三枚で銅貨九十六枚。ホーンラビットの買取が六十四体、冬期期間価格一体銀貨一枚銅貨四十枚で合計銀貨八十八枚銅貨六十枚。グラスウルフが八体、一体銀貨一枚銅貨二十枚で銀貨九枚と銅貨六十枚。

全部合わせると銀貨九十九枚銅貨十六枚、銀貨は大銀貨九枚と銀貨九枚にしておいたよ、数があると結構重いからね」

キンベルはそういい硬貨の詰まった革の袋を渡すと、“その皮袋はシャベル君に上げるよ、ちょっとした詫びの気持ちだから受け取って欲しいかな?”と言って微笑むのであった。


「それでどうする?シャベル君はこの冬の狩りで銀級冒険者昇格試験の受験資格を得た事になるんだが」

キンベルから渡された革袋を大切に背負いカバンに仕舞っている時に不意に掛けられた言葉。銀級冒険者昇格試験、それはシャベルが全く予想していない言葉であった。


「あぁ、シャベル君は知らなかったみたいだね。銀級冒険者昇格試験の受験には幾つか条件があってね。街の依頼を熟す事で得る事の出来るポイント、納品依頼や討伐依頼を熟す事で得られるポイント、これはギルドに対する貢献度と言ったものになるんだがそれぞれ最低ポイントが定められていてね、どちらか片方だけでもダメなんだよ。シャベル君は街の依頼の方でほぼポイントを稼いでいたんだが討伐や納品の方の依頼ポイントが無かったからね、今回ゴブリンの討伐やホーンラビットの納品でギルド貢献度は満たした事になる。

それと討伐実績だね、ゴブリン二十体、ホーンラビット二十体、グラスウルフ五体。

一年間にそれぞれの魔物を規定数討伐する事が求められている。パーティーで活動する場合は四名を一パーティーとしてこの倍の数の討伐だね、シャベル君の場合はソロとなるから規定数を満たした事になるんだよ。

受験資格はギルド職員から告げられてから一年間有効となる。これがシャベル君の受験資格書になるよ」


そう言いキンベルが差し出した物は、今日の日付と有効期限を記した銀級冒険者昇格試験の受験資格通知書なのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る