第18話 変わる者、変わる者達
薬師ギルド買取カウンター、そこの受付職員であるキャロラインは、久し振りに見る青年の顔に安堵の息を漏らす。
「なんだいシャベル、随分足が遠のいてたじゃないか。わたしゃてっきり病気にでもなっちまったのかと思ったよ。今の時期は魔物も少ないからシャベルが街の外に住んでいるからって魔物に襲われたって事は無いとは思っていたけど、病気はそうはいかないからね。それで今までどうしていたんだい?」
心配そうな顔で見上げるキャロラインに、シャベルは門兵の時と同じ様な気恥ずかしさを感じ、眉尻を指でポリポリと掻きながら事の真相を話すのだった。
「そうかい、ポーション作製をね、それなら納得だよ。あのレシピは書かれている事自体はさほど難しくもないし手順自体はローポーションの作り方と大差ない。
だけど調薬鍋に入れる水の量を三分の一にした上に煮出し時間が三十分も伸びる。これがどれほど大変か、実際に調薬を行ったシャベルなら分かったと思うが肝心なのは火力の調整なのさ。
弱くてもダメ、強ければすぐに鍋が干上がっちまう。長年調薬を行っている者でさえ、いや、そう言う者ほど挫折を覚えると言われている。
王都なんかにある大きな調薬工房に勤める様な者は一日当たりの調薬の件数が桁外れでね、その下っ端の調薬師なんかはただスキルを使っての調薬を行っていたらすぐに魔力枯渇を起こして何も出来なくなっちまうのさ。だからそう言う所の人間は自分で行える作業はスキルに頼らずに自力で行うって聞いた事がある。その方が魔力の節約になって結果多くの薬を調薬出来るからね。
そうした苦労人たちなんかは比較的簡単に調薬出来たらしいよ。
それと道具だね、都会の調薬工房には魔道釜って言う火力を調節できる便利な魔道具があるんだよ。ここの薬師ギルドには置いてないけど、そう言った物があれば火力調整についてはそこまで神経を使わなくて済む。
でもまぁ無いものねだりをしても仕方がないさね、泣こうが叫ぼうが人は自分の手の内で戦うしかないんだからね。
それで出来たんだろう、見てあげるからさっさと出しな」
キャロラインに促され十本のポーション瓶を取り出すシャベル、ポーションの作製に挑み始めて一か月、これが今現在シャベルが出せるギリギリであった。
「“大いなる神よ、我に慈悲を持ってその英知を分け与えたまえ、品質鑑定”
ふむ、相当に頑張ったんだね、こっちの二本が良品質、この五本は並品質、こっちの三本は低品質だね。
初めてでここ迄結果を出せる者はそうそういないよ、この七本は買取可能だね。
それでどうする?薬師ギルドの正会員になるにはこのうちの一本を提出してくれればいいよ?」
「はい、よろしくお願いします!」
「うん、良い返事だね~。それじゃ手続きをしちゃおうかね、ギルドカードをよこしな、魔道具に掛けちまうから。
出来上がるまでにいくつか話をしておこうかね。
先ず薬師ギルドの正規会員の説明だ、これは前にもした話かもしれないが、シャベルの今の立場は正規のギルド会員じゃない、所謂見習いと言う立場になる。
これは本来授けの儀を受けて調薬系の職業を授かった者が旅立ちの儀を迎えるまでの修業期間に与えられる立場になる。本来ギルドの会員になるのは授けの儀を受けて教会の鑑定書を貰ってからとなっている。精神的に未成熟の者には責任ある仕事を任せる訳にはいかないと言うのが各ギルドの統一見解と言う訳さね。
調薬師系の職業持ちなら、その品質はともかく簡単な指導でポーション迄なら作製する事が出来る。まぁそこから先は只管研鑽を積む必要はあるが薬師ギルドの正規会員登録条件はポーションが作製出来る事だからね、旅立ちの儀さえ終わればすぐにでも正規会員になれるって訳さ。
片やシャベルの様な職業スキルの恩恵を受けれない者はそうはいかない、だからこその見習い会員なのさ。
これまでも職業スキルを持たない見習い薬師はそれなりにいてね、職業スキル持ちの薬師は王都や領都と言った大都市に行きがちだろう?田舎じゃ薬師のいない地域もたくさんあるのさ。そんな場所では職業スキルを必要としない調薬を行う者達が必要となる、それが所謂“見習い薬師”って奴さね。
王国の法律で薬師ギルドに加盟していない者の薬の製造販売は禁止されてるんだが、見習い薬師は正規会員ではないものの特別に許可されているのさ。
痛み止めや胃薬、腹痛の薬や傷薬、ローポーション。職業スキルが無くとも製造出来る“生活薬”と呼ばれる物は結構あるからね、田舎では重宝されてるんだよ。
それでシャベルは正規会員登録の条件、ポーションの作製に成功した訳だから登録すれば正規の薬師ギルド会員となる。
正規会員になると幾つかの特典が与えられる。
一つは買取価格が良くなる。とは言ってもローポーションの買取価格が銅貨五十枚から銅貨六十枚に変わるだけなんだがね。
もう一つは物品の販売が薬師ギルド会員価格になる。
簡単な所だとポーション瓶が一本銅貨十枚から銅貨八枚。全ての商品が二割ほど安くなると考えてくれていいよ。これがハイポーションなら販売価格金貨五枚のところが金貨四枚になるんだ、これは中々に大きいだろう?
それと資料室のレシピ閲覧が可能になる。
資料室で閲覧出来るレシピは所謂生活薬のレシピになるんだけどね、魔法薬に関してはレシピ閲覧室の管轄で有料って事は変わらないよ。まぁそれでもシャベルにとっては十分役に立つ特典だろう?
簡単な所だと以上だね、これは他の街の薬師ギルドでも同じ特典を受ける事が出来るよ。
それとこれはシャベルにとっては大きな話になるんだが、薬師ギルド正規会員は各領間の移動を自由に行う事が出来る。
本来住民の移動は住居地の管理者、街の監督官や村の村長等の許可を必要とする。これはその領地を運営する上で大切な事なのさ。人がいなくなれば無論領地として成り立たないし、集まり過ぎても犯罪の温床になりかねないからね。
冒険者ギルドではその資格を一人前とされる銀級冒険者からとしている。それが薬師ギルドの場合では正規会員からとされているのさ。
ポーションを作れるようならどこに行っても食べるに困らないと言った事なんだろうさね。
それともう一つ、これはシャベルの様な調薬系職業を持たない者に対する措置なんだがね、ギルド会員証に職外と言った記載が加わることになる。これは緊急時の対応に関する措置でね、例えばスタンピードなんて言う災害が起きた場合薬師ギルド会員は前線に薬を送る為に強制召集されるんだが、調薬系職業を持たない者は職業スキルによる調薬が行えないだろう?そう言った場合後方支援、つまり雑用に送られることになる。
まぁ職業スキルがなければ今すぐポーションが必要だと言われても完成に一晩掛かっちまう、それじゃどうしようもないと言う意見が各国のギルド本部からあげられてね。要は調薬系職業持ちが立場を脅かされることを嫌ったってだけなんだが、言ってることもあながち間違いでもなくてね。
そのせいで職業外薬師は一般のギルド会員の下位互換とみられちまうんだが、その辺は勘弁しておくれ。
お、出来上がったようだね、これが正規会員のギルドカードになるよ。身分証明書にもなる大事なカードだ、失くすんじゃないよ?」
キャロラインから渡された薬師ギルドのギルドカード、それはシャベルが初めて一人前と認められた証。
「おっと、感動に浸るのはいいけど清算を済まそうかね。ポーションの買取価格は一本銀貨二枚、販売価格は銀貨五枚、これは薬師ギルド規定で定められているからどこでも一緒だね。買取は並品質からとなっているが、良品質を安定的に作れるようになれば一人前と言われているさね。
今回は一本は会員登録の為に提出するから残り六本で銀貨十二枚、ポーション瓶はどうするんだい?」
「はい、いつも通り十本お願いします。残りは口座の方に」
「ハハハ、シャベルは相変わらず堅実だね~。それじゃポーション瓶代を引いた銀貨十一枚銅貨二十枚を口座に入れておくよ。
まぁ無理せず頑張る事だよ、あまり根を詰め過ぎても身体を壊しちゃったら元も子もないからね」
キャロラインは“はいよ、ポーション瓶十本だよ”と言ってカウンターに空のポーション瓶を並べる。シャベルはそれをカバンに仕舞い更に背負い袋に仕舞い込む。
キャロラインはそんなシャベルの様子に、“慎重なのはいい事さね”と笑みを贈るのでした。
____________
「ただいま~。薬師ギルドに行って来たけど、十本中七本は買い取って貰えたよ。
あれだけ頑張ったけど良品質は二本、並品質が五本だったよ。
それで漸く薬師ギルドの正規会員になれたんだ、これからは堂々と薬師だって名乗れるよ。
ポーション作りの道はそうそう簡単じゃない、これを励みにもっと頑張らないとね。
でも今日と明日は休もうかな、流石に疲れちゃった。
そう言う訳でまた明日ね」
魔の森の小屋に帰って来たシャベルは出迎えてくれたビッグワームたちに薬師ギルドで正規会員になれたことを報告し、疲れた笑顔を浮かべながら小屋へと入って行く。
ビッグワームたちはそんなシャベルに向けクネクネと喜びの舞を踊り、シャベルの成果を共に祝うのでした。
シャベルが小屋の中でこれまでの疲れを癒すかのように安らかな眠りにつく頃、ビッグワームたちは小屋を取り囲むように展開し、周囲に注意を払いながら思い思いの時間を過ごしていた。
ビッグワームとは本来森の掃除屋と呼ばれる最下層魔物である。森の落ち葉や土の中に身を潜め、枯れ葉や枯れ草、動物や魔物の糞や死骸を食べ分解し、良質な肥料に変える生き物である。森の成長を助け、森と共に生きる。その性質は畑や生ごみ処分場などでも発揮され、人々の役に立つ有用魔物、攻撃性のない安全な魔物と言われている。
また森の中では貴重なたんぱく源として動物や魔物の餌となり、生態系ピラミッドを下支えする存在とも言われている。
そんなビッグワームが種として生き残って来れた要因は、その繁殖力と環境適応能力にあると言われている。
ビッグワームはいつの間にか繁殖している。雌雄同体の彼らは二体いればいくらでも繁殖できるのである。
そして注目すべきはその環境適応能力、森や草原、畑やゴミ捨て場など、どんなものでも食べる悪食と呼ばれる彼らは、食料となるものさえあれば大抵の土地で繁殖することが可能なのである。
そんなビッグワームではあるが環境の状態によりその生育は大きく変わる。
魔力の多い土地、魔力の多い食料を手に入れる事が出来れば、その大きさは通常の個体の何倍にも大きく育つ。目撃された中で最も大きく育った個体の大きさは、成人男性の腕程の太さもあるものであり、まるで綱の様であったと言われている。
そんなビッグワームがテイマーの職業スキルによりテイムされ飼育調教が行われた。
テイムとは魔物とテイマーの間にスキルによる絆を結び、互いの意思の疎通を図り易くするものである。テイマーを主、魔物を従として結ばれたその関係において、魔物はテイマーの命令や考えをスキルを介して理解し行動する。互いの関係性が深まればより複雑な命令も理解し行動する事が出来る様になる。
ビッグワームと言う魔物にとって、思考とは食べる食べないの二択であった。基本ビッグワームはものを考えない、思考ではなく本能で、反射で行動する、それがビッグワームと言う魔物であった。
そこにテイムスキルにより命令が送られた。右に動け、左に動け、畑に集まれ、畑の雑草だけを捕食しろ。
命令は日々複雑になり求められる行動は高度なものに変わって行く。テイムスキルはそれらの行動命令を思考すら持たないビッグワームと言う魔物に刷り込んでいった。
時間を掛け、回数を掛け、徐々に育まれる思考と知能。
それは日々愛情を向けるテイマーの手により感情の芽生えを生む。
それは嬉しいと言うもの、楽しいと言うもの、共にありたいという思い。
そんな彼らに与えられた新たな環境、豊富な魔力を含む土地、豊富な魔力を含む食べ物。テイマーの手により日々届けられる魔物の臓物、血液や骨。それらはビッグワームの身体を大きく育み、目撃される最大の大きさを誇る巨大ビッグワームを作り出す。
だがそんなビッグワームたちを魔の森の魔獣たちが放置するはずもない。ゴブリンが、ボアが、グラスウルフが、巨大ビッグワームたちの命を狙い集まってくる。
だが彼らはただのビッグワームではなかった。思考し、協力し、身体を使い抵抗するビッグワームであった。
その場所は森の魔物の死地となった。十体のビッグワームたちが統べる土地が魔の森の中に誕生した。ビッグワームたちは魔の森の中で魔物を食らい、豊富な魔力を浴び、強靭な身体を手に入れて行った。その思考は研ぎ澄まされ、喜びや楽しみを見つけるに至った。
そして彼らは個々の名前を手に入れる事で、種としてのビッグワームではなく、個としての存在、ネームドモンスターへの階段を上った。
“クネクネクネ”
“クネクネクネ”
“クネクネクネクネ”
季節は変わる、冬の厳しさは徐々に失われ、魔物たちも長い眠りから目覚め始める。
“ガサガサガサガサ”
家族が安らぎの眠りにつく小屋に向かい、腹を空かせた魔物が涎を垂らし迫って行く。魔物にとって自分たちの家族は食欲を誘う獲物であり、空腹を満たす御馳走。
“ブンッ、ドガドガドガ”
“ギャインッ、ドサッ”
だがそのような事を、家族を害されるようなことを、ビッグワームたちは許さない。
彼らは考える、家族の事を、シャベルの事を。
テイム魔物と言う環境は、ビッグワームたちに思考と感情と行動を齎した。
最底辺魔物の高い環境適応能力は、家族を守ると言う新たな環境と共に、ビッグワームたちに新たな力を授けようとしていたのであった。
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