第17話 徐々に変わるもの、それは季節の変化に似ている

“パキッ、パキッ”


焚き付けの枝を折り、竈の炎に向け投げ込む。

ローポーション作りにおける火の管理は、その出来を大きく左右する最も重要な仕事である。熱し過ぎず、さりとて温度が低過ぎず、沸騰させないように細心の注意を払い、じっくりと煮出ししていく。


“一万一千二百四十二・一万一千二百四十三”

己の鼓動の回数を数え時の経過を計る。それは目標としている回数、一万一千二百四十五回を数え切った時であった。


“!?”

ふと自身に何かが宿ったような感覚、それが何であるのかは分からないが何かに目覚めたような感覚にシャベルは驚きを隠せないでいた。


「いけないいけない、そんな事している場合じゃなかった」

シャベルは急ぎ竈から調薬鍋を下すと、漉し布を敷いた容器の中に出来上がった液体を注ぎ入れて行く。

漉し布を持ち上げ軽く絞り、部屋の隅に片し蓋をする。

このまま一晩置き、余計な物が沈殿して上下に分かれたところで上澄みをポーション瓶にそっと移し替える。調薬師の職業を持たない者はスキルによる調薬が出来ない、その為ローポーションの作製を行う為にはこの地味な作業を只管繰り返す事になる。


「さてと、片付け終了。でもさっきのは一体何だったんだろう?確か冒険者ギルドのドット教官は“スキルに目覚めた時はなんとなくその事が分かる”って言ってたけど、もしかしてあれって・・・」

シャベルはこれ迄自身のスキルを積極的に調べる様な事はしてこなかった。それは自身のスキルが俗に言う外れスキルであった事、自身の職業がテイマーと言う戦闘職としてはあまりぱっとしない職業であったことに起因していた。


“職業ってのはあくまで女神様の慈悲、お与えになって下さった道具なんだ。その道具の使い方も知らないでやれ不幸だとか言う輩は女神様に対して失礼だとは思わないかい?”

だがその事が間違いであると、薬師ギルド買取カウンター職員のキャロラインが教えてくれた。

自分の職業と向き合い、スキルの事を知ることの重要性を教えてくれた。


自己診断

名前 シャベル

年齢 十五歳

職業 テイマー

スキル

棒術 魔物の友 自己診断 採取 索敵 カウンター

魔法適性

なし


「<カウンター>?薬師ギルドでキャロラインさんから聞いたのは<タイマー>って言うスキルだったはずなんだけど、それとは違うのかな?」

自身を鑑定する事の出来るスキル<自己診断>、シャベルは表示された鑑定結果の中にこれまではなかったスキルを発見する。

薬師ギルド買取カウンター職員のキャロラインから聞いていた調薬師の職業スキル<タイマー>に目覚めたのかと少し期待していたシャベルであったが、何か表記が違う事に訝しむ。


自己診断

<カウンター>

自動で数を数える事が出来る。あらかじめ数を指定しておくと、その時点で知らせてくれる。


<カウンター>スキルは商人や農産物の出荷担当者、鉱山の在庫管理担当者など、主に数多くの物品を取り扱う者が目覚めやすいとされるスキルであった。だがその活躍の場は限定的であり、あれば便利、無くても別に困らない程度の所謂残念スキルとして扱われるものの一つであった。

だがシャベルはその内容に歓喜した。これまで時間を計る為に心拍数を常に気にしながら作業を行っていた彼にとって、難しい調薬鍋の火力の調整に集中できると言う事は、ローポーション作製の成功率を大幅に向上させる事であったからである。

時間を計る目安として心拍数を利用しているシャベルにとって、その回数を自動でカウントしてくれると言う事は<タイマー>のスキルを手に入れた事となんら変わらないのであった。


この時シャベルは思った、これで次の段階に進む事が出来ると。

翌日、シャベルの姿は薬師ギルドの買取カウンターの前にあった。


「いらっしゃい、買取だね。いつものローポーション十本、<品質鑑定>。

うん、問題ないよ、相変わらずの優良品質さね。支払いはいつも通りポーション瓶十本分差し引いた銀貨四枚を口座積み立てでいいのかい?」


「はい、それでお願いします。それと今日はポーションのレシピ閲覧の申し込みをお願いしたいんですが」


シャベルは買取カウンター職員キャロラインの目を見詰め、意を決したように申し込みの意志を伝えた。

キャロラインはそんなシャベルに驚きの目を向けるも、「おや、男の目をするようになったじゃないか」と言ってニヤリと笑い、カウンター下から申込書を取り出すとその記入方法を説明するのであった。


「シャベル様、本日は薬師ギルドのレシピ閲覧をご利用いただきありがとうございます。御指定いただいた<ポーション>のレシピはこちらになります。レシピ閲覧費用大銀貨五枚は口座からの引き落としと言う事でよろしいでしょうか?」


案内されたのは薬師ギルドのレシピ閲覧室。基本的にレシピの持ち出しは禁止であり、その閲覧は薬師ギルド職員立会いの下行われる。

レシピを書き写す事は可能だが、そのレシピを他者に売ったり、第三者に公開する事は禁止されている。但しレシピを基に弟子や生徒に伝授する事は可能である。

シャベルは別料金を払い紙を購入しペンの貸し出しを受けてレシピの書き写しを行った。

ポーションの作製方法は基本ローポーションと同じであった。違いは使用する水の分量と煮出し時間、そして煮出しを行う際にスライムの干した物を一欠辺ひとかけら加えると言う点であった。

<ポーション>のレシピには、乾燥スライムを加える事で煮出しの際に発生する灰汁を取り除き、品質を安定的に向上させポーションに仕上げる事に成功したと記載されていた。これは煮物料理を上手に作る為の灰汁取りの手法であり、生活の知恵を調薬に応用した画期的な技術であった。


煮出し時間の割り出し、灰汁を取り除く事で品質を向上させた発想、このレシピが完成するまでにどれ程の研鑽が行われた事か。

ポーションは調薬師のスキルがあればいくらでも作り出せる、それを敢えてスキルを使わずとも調薬の技術だけで作り出そうとしたその努力。

その茨の道を思えば自身の境遇の何と優しい事か。


キャロルさんは言った、「初心者講習会は参加費大銀貨一枚、ポーションのレシピ閲覧は大銀貨五枚、高いと思うか安いと思うかは人それぞれさね」と。

このレシピに込められた努力と研鑽、そしてそこから生まれる可能性を考えればその値段の何と安いことか。


「すみません、少しお聞きしたいのですが、この<ポーション>のレシピを公開されたミランダと言う御方はなぜこのような画期的なレシピを大銀貨五枚と言う安価で公開されたのでしょうか?」


シャベルの質問にレシピ閲覧の立ち合いをしている薬師ギルド職員は一瞬目を見開き、そして優しげな眼で答えを返した。


「シャベル様はこのレシピの価値をよくご理解なされているのですね。私も何度か<ポーション>のレシピ公開に立ち会いましたが、若くしてこのレシピの価値に気が付かれる方は少ないのですよ。

自身で調薬の仕事を行い新たなレシピの構築に挑んでいるものほどこのレシピの素晴らしさに気が付く、そしてその有用性に唸りを上げる。

調薬師成り立ての者などはこのレシピの工夫に気付く事なく“金を返せ”だの“ぼったくり”だの声を上げて騒ぐんですよ。こんなものローポーションのレシピと何が違うのか、スライムの欠片を入れて少し長めに煮出ししただけじゃないかとね。

そこに至る事がどれ程の偉業なのかも理解せず、またどれ程の苦難があったのかも想像する事すらせずに。


それとこのレシピの閲覧価格が大銀貨五枚の理由ですが、真剣にポーション作製方法の普及を考えた結果なんです。

大銀貨五枚と言う値段は決して安いものではありません。それだけの金額を貯めるにはそれ相応の努力を有します。このレシピを見る事は片手間で出来る事ではないのです。ですがこのレシピの価値は金貨数十枚を積まれてもおかしくない程のもの、このレシピを考案された調薬師ミランダ様はおっしゃられたそうです。

“このレシピの開発は私一人で成し遂げたものではありません。共に研究し諦めない者がいた。その者は調薬のスキルを持たない者でした、執念の者でした。そして私に諦めない者の強さを教えてくれた者でした。このレシピはそんな諦めの悪い者たちの福音となってほしいのです”

大銀貨五枚はいわば選別、決して諦めず真剣にポーションの作製に取り組む者に贈る福音のレシピ。

シャベル様が素晴らしい薬師となられることを、心よりお祈り申し上げます」


世の中には凄い人がいる、自分など足元にも及ばない世界を変えるような人たちが。

シャベルは調薬師ミランダに感謝の祈りを捧げつつ、このレシピを絶対にものにすると心に固く誓い、レシピ閲覧室を後にするのでした。



季節は移ろう、長い冬の寒さもその表情を緩め、春の訪れを告げる草花が顔を見せ始める。シャベルがマルセリアの街に姿を見せなくなり一月ほどの時間がたっていたある日、街門に向かい歩く青年の姿がそこにあるのであった。


「次、身分と目的を告げよってシャベルじゃないか。このところ姿を見せなかったから心配したんだぞ、何かあったのか?病気だったら言えよ、街の医者はどうか知らんが領兵の掛かり付け医がいる。門兵からの紹介状があれば診てもらえるはずだ。」


門兵の男はシャベルの顔を覗き込み、心配そうに言葉を掛ける。シャベルはそんな彼に申し訳なさそうな顔で言葉を返す。


「ご心配いただきありがとうございます。身体の方はいたって問題ありません。

実はお恥ずかしい話なんですがこの一月ずっと調薬に取り組んでいまして、本当に情けないほど不器用なのかここまで時間が。

門兵様は薬師ギルドのレシピに<ポーション>のレシピがあると言う事をご存じでしょうか?これは調薬系のスキルを持たない者でもポーションを作製する事が出来るという画期的なレシピなんですが、火力の調整がもの凄く難しいんですよ。

調薬鍋に入れた癒し草がすぐに焦げ付いたり煮出し過ぎになったり、かと言って火力が足りなければ薬効成分が煮出しきれずポーションにならない。

このレシピを考え付いた調薬師のミランダ様は調薬の腕も素晴らしい御方なんでしょうが、私の様な鈍才は繰り返し繰り返しで覚えていくしかありませんから。

漸く納得出来るポーションが出来上がったので鑑定をしてもらおうと薬師ギルドに」


そう言い頭を掻くシャベルに、門兵の男はそうかそうかと己の事のように笑顔を贈る。


「そう言う事なら良かったよ。無事ならいいんだ、よく頑張ったな。

そのシャベルが作ったポーションが薬師ギルドで認められれば、シャベルも薬師ギルドの正会員の仲間入りだ。そうなればだれもお前を“溝浚い”何て呼べなくなる。

“溝浚い”の仕事もしなくて済むんだ、街にも堂々と住む事が出来る様になるぞ」


そう言いシャベルの背中をバンバン叩く門兵。

シャベルは思う、“こんなにも自身の事で喜んでくれる人がいる、自分は何と幸せ者なのだろうか”と。


「本当にありがとうございます。でも俺は別に溝浚いの仕事が嫌と言う事はないんですよ。街の者が汚れや異臭で困っている、その解決のお手伝いが出来る。

自分の仕事で喜んでくれる人がいるって言う事はうれしい事ですから。

門兵様も日々この街の人々が安心して暮らして行ける様常に目を光らせている、この街が平和なのも門兵様や領兵様が色んな危険から街の者たちを守ってくれているからなんです。

冒険者が魔物を狩る事や薬師がポーションを作る事、誰かが偉いと言うのではなく、皆が皆を支え皆が誰かに支えられている。

“生きているだけで儲けもの、生きてることがお陰様”

門兵様が誇りをもって職務に励まれるように、俺も心を込めて溝浚いの仕事を行って行こうと思うんです。それで喜んでくれる人たちがいるんですから。

でも門兵様のお気持ちは凄くありがたかったです、どうもありがとうございます。

それじゃ早速薬師ギルドに行って来ますね」


一礼をし街門を抜けていくシャベル、その姿をじっと見送る門兵。

「“生きているだけで儲けもの、生きてることがお陰様”か。俺ももっと頑張らないとな、胸を張って誇れるような門兵に」

門兵は両の頬を叩き気合を入れると、次の旅人を迎え入れる為声を上げるのでした。


「次、身分と目的を告げよ!」

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