第47話 赤い蜘蛛の糸


 翌朝……


 真尼は月婆の寝言で目が覚めた。


「ああぁああん♡ 良いのぅぅ♡ そこぉぉぉ♡ 感じちゃうぅぅぅ♡♡♡♡(セクシー声)」


 やたら色っぽい声で喘ぎながら寝ている月婆。

 ちなみに寝間着が乱れまくっているのだが、あまりに汚いので詳細を描くのは避けさせてもらう。

 とりあえず、真尼が起きて最初に気づいたのは、康隆が居ないことだった。


「たっちゃん!」


 慌ててあたりを見渡す真尼だが、康隆の荷物は無く、完全に居ないことに気づく。


「月婆! 起きて月婆!」

「立たねぇ男はただのゴミだ! さっさと他の男連れてこい!」

「どんな夢見てるの!? 良いから起きて!」


 思わずツッコミを入れる真尼だが、それどころではない。

 必死で揺り起こす真尼と寝言を言い続ける月婆。


「良いからさっさと……はっ!……おんやあ?」


 寝ぼけ眼でしょぼしょぼとあたりを見渡してがっくりと肩を落とす月婆。


「なんじゃ夢か……」

「それどころじゃないのよ! これを見てよ月婆!」


 言われてもぬけの殻になった康隆の切った縄の山を見る月婆。

 月婆は外の朝日を見てすぐに状況を理解した。


(もう十分じゃろ……)


 おそらくは手の届かないところまで逃げたことを確信して、月婆はしれっとした顔になる。


「どうやら眠り薬を飲まされたようですな……申し訳ありませぬ。婆が気づいたときには既に戒めを解いておりました……」

「一体どうやって……縄でぐるぐる巻きにしてたのに……」


 不思議そうに小首をかしげる真尼に月婆は言った。


「あの者は逃げ際にこう言いました。『真尼みたいな重い女は勘弁。婚約は解消だ。俺のことは忘れてくれ』と」

「そんな……」


 月婆の言葉に愕然としてよろめく真尼。

 

(悪く思うなよ。これも姫様のためじゃ)


 言ってもいないことをがっつり言って諦めさせようとする月婆。

 だが、真尼は少しだけ考えて……すぐに目を光らせた!


「それは嘘ね!」

「なっ!」


 あっさりと看破されて月婆が驚く。

 

「たっちゃんならこう言うわ。『まだお前にふさわしい男に成れていない。だから必ず一国一城の主になってお前を迎えに行く』ってね」

「姫様! あのゴキブリは絶対にそんなことを言う男ではありませんぞ!」


 嘘は看破したが、それ以外は完全にずれていた。

 

「婆の言うことが本当です! 信じてください!」


 嘘八百を言っておきながら堂々と言い放つ月婆!

 真尼はにやりと笑いながら言った。


「夢の中でたっちゃんがそう言っていたもの……絶対間違いないわ!」

「姫様! 夢の中で言ってた時点で絶対に言っておりません!」


 ド正論を放つ月婆だが、この婆さんのいうことも嘘である。

 それからしばらくの間はひろゆきが秒で逃げ出す不毛な水掛け論を続けるのだが、月婆がどれだけ言っても真尼は聞かない。


 それが天下三大ヤンデレなのだ。


 思い込んだらそれがどれだけ険しい道であっても命を懸けて突き進む。

 それを実感していた月婆だが、それでもあきらめきれない。


(わしが手塩をかけて育てた姫があのようなろくでなしと一緒になるなど嫌じゃ!)


 この婆さんは婆さんで困った人間でもある。

 色々と思いの強い二人なのだが、ぎゃあぎゃあ言い合った後、話は平行線で終わった。


「ぜぇ……ぜぇ……仕方ありませぬな……」

「はぁ……はぁ……ごめんね……月婆……」


 申し訳なさそうに謝る真尼を見て、顔を曇らせる月婆。


 


 ただ、その思いがどうしても交わらないのだ。

 そんな落としどころの無い愛情にどうしようもない気持ちになる月婆。


(まあ、なるようにしかならんじゃろ……)


 そう思っていると、真尼は左手の薬指……何故か指輪を付けたような赤い跡のある指に触ると、小さな赤い蜘蛛が出てきた❗


「どうされました?」

「こんなこともあろうかと、『赤い蜘蛛の糸』を付けておいたの」

「……赤い蜘蛛の糸?」

「母様から教えてもらったの。赤い蜘蛛の糸の呪法と言って、互いの場所がわかるようになる呪法で、こうやって赤い蜘蛛を取り出すと……………………」


 真尼が取り出した蜘蛛の糸はぴくりと動いてまっすぐ東を指さした。


「東ね……でもこの方向は地面? ということは……」

「地下ですか?」


 言われて月婆も何のことかわかった。


「観光都市舞浜……『夢の国』と呼ばれる三木藩に行ったのね」

「なるほど……」


 謂れて月婆は何のことかわかって苦笑する。

 確かに三木藩なら、真尼が再び探しに行くにしても諦めても、ほとぼりが冷めてから江戸にもどれる。

 そして、一度探した場所は二度三度と行かないので、かなりの確率で見つからなくなる。

 

「私たちも行きましょう」

「仕方ありませんな……」


 苦笑して月婆は荷物をまとめた。


「……の前に馬の解約をせねばなりませんな」

「もう!」


 それを聞いて真尼は少しだけ膨れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る