第48話 講釈師 神山康海


 寄席『若竹亭』


 さて、真実の話はさておいて、寄席『若竹亭』で講釈師の話す英雄譚『双刀龍逃走記』はいよいよ最後へと熱を帯びる!


「そして、この芦野康隆こそが後に双刀龍として天下に名をはせ!」


パパン!


 小気味よく扇子を叩く講釈師。


「種付け王は目指せども!」


パパン!


「今後一切、女子にもてはやされることも!」


パパン!


 ふふふと客から笑いが漏れる。


「未来永劫、女を侍らせることもなく!」


パパン!


 はははっと客の笑い声が上がる。


「経験人数は一人で終わり!」


パパン!


 わはははと客席から大きな笑い声が上がる。


「なる気も無かった最強の傾奇者として天下に名をはせ!」


パパン!


「後世の傾奇者の手本となるのが芦野康隆であります!」


パパン! パン! パパパパーン!


 小気味よく扇子を叩いて間を置く講釈師。


「と言ったところで本日は『双刀龍逃走記 第一章 江戸の傾奇者』をもって読み終わりになります。」


パチパチパチパチ!!


 客席から万雷の拍手が鳴り響く。

 講釈師が深々と頭をさげると、太鼓と笛の音と共に緞帳が下りてくる……

 緞帳が完全に降りたことを確認して、頭を上げる講釈師。


「ふぅ……疲れたねぇ……………………」


 一息を吐く講釈師。

 舞台袖へと戻ると仲間たちが声を掛ける。


「お疲れさん」

「はいどうもお疲れさん」


 挨拶しながら待機部屋へと戻っていく講釈師。

 すると、部屋にはこれから出番の師匠が居た。


「お前さんも上達したもんだねぇ……康海こうかい

「ありがとうございます」


 そう言って師匠に頭を下げる講釈師 神山康海。

 だが、師匠の顔は微妙な顔になっている。


「でも、何で双刀龍ばっかり上手くなるんかねぇ? やっぱり血筋かい?」

「恐らくそうでしょうねぇ……………………」

 

 康海の方も苦笑する。


……」

「違ぇねぇ!」


 そう言ってはははと笑う師弟。


「ま、それ以外も大事な講談だからな。もっと精進しろよ」

「はい。わかりました」


 そう言って師匠は舞台へと向かった。

 康海は首に掛けていたが、着物の内側に隠していた鳳仙花のネックレスを取り出し苦笑する。

 ひいひい爺さんである康隆が付けていたとされる鳳仙花の首飾りで、安物ではあるものの、分家である康海の家にも伝わっていた首飾りのレプリカで、実家の家紋にもなっている。


「爺さんの話だと……そんなかっこいい話じゃなかったみたいだけどな」


 そう呟いて、帰り支度を始めた。

 すると……


「康海さん。谷町がお会いしたいってきてますよ」

「おう分かった。すぐ行く」


 康海がそう答えるとすぐにその人へと会いに行く。

 谷町とは相撲や歌舞伎などで援助してくれる人で、推し活の延長である。

 昔はネットが無かったので、芸事を支援してくれる金持ちが助けてくれていたのだ。

 それ故に講談師も谷町には頭が上がらない。

 康海がいそいそと向かうと、そこには一人の若い侍が居た。

 一見すると、質素な姿をした侍に見えるが、実はある藩の藩主一族の人だ。

 お忍びで谷町なんぞやっているので、こんな格好をしている。


 その若い侍がにこやかに笑う。


「お久しぶりです。康海さん」

「これは魁斗さまではありませんか。いつもありがとうございます」


 深々と頭を下げる康海だが、魁斗は慌てて止める。


「いえいえ、こちらこそですよ。わが藩の3代目春斗様の功績をほめたたえてくれるんですから、あのお陰でわが藩の評判はうなぎのぼりですよ」

「そう言っていただいて何よりです」


 和やかにお話しする二人。


「それで本日はどのようなご用事で?」

「いえいえ、第一章の『江戸の傾奇者』が終わりましたら次は『幻想の鼠面』でしょう? そうなればわが藩の評判が良くなりますので、挨拶に行ってこいで言われまして……」

「ああ、なるほど……」


 武士は体面や見栄を気にする故に、評判を上げてくれる講談は嬉しい限りなのだ。

 それ故に追加の援助をするために彼はここに来た。


「それで、いつ頃始めそうですか?『幻想の鼠面』は?」

「いやはや、今の『江戸の傾奇者』もクライマックスなので人気もありますからねぇ……………………客が落ち着いてきたらすぐ始めようかと思います」


 そう和やかに切り返す康海。

 お客さんには色んな事情があるので、毎日見に来られるわけでは無い。

 見に来る人の8割が見終わったぐらいに次の章に行かないと話についていけないのだ。


「とは言え、6月ごろには始めようかと思っています」

「ありがたい……、あ、これは心付けです」

「いつもすいません……」


 そう言って心付け……現代で言うスパチャを渡す魁斗。

 

(よっしゃ、これで吉原で遊べる!) 


 景気よく遊ぼうと考える康海。

 魁斗は嬉しそうに笑う。


「本来ならお家騒動など触れ回って欲しくは無いのですが、藩主自らが妖人討伐したお話はありがたい」

「そうですねぇ……」


 和やかにお話しする二人。

 魁斗は笑顔で言った。


「楽しみですねぇ……幻想の鼠面」






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