第37話 正体


「おはようございます……」


 そう言って康隆はとある店の暖簾をくぐった。

 

 シーン……


 店の中は誰もおらず、閑散としていた。

 

(誰も居ないか……


 この時代の店は全て店舗と自宅が一体化してるのが普通である。

 だが、そんな早朝のお店に誰もいないのは明らかにおかしい。


(特にこの店の場合はおかしいんだよ……)


 康隆はそんなことを考えていると……


「あら? どうしたのこんな時間に?」


 飯盛り女の加奈がにこやかな笑顔をして奥から出てきた。


 そいつもと変わらない笑顔を見て、康隆は一瞬、戸惑うのだが、いつでも剣が抜けるように持った。


「ちょっと聞きたいことがあるんだ? 良いかな?」

「良いわよ。なんでもどうぞ?」


 

 この時点で康隆は確信を持った。


「俺たちに奻蜥蜴だんとかげの討伐をお願いしたのは何で?」

鎌槌蜜柑かまづちみかんを成長させる為よ」


 あっさりと答える加奈。

 加奈の目は虚ろで何の感情も感じられない。

 

(隠す気すら無しか……つまりはそれぐらい負けない自信があるってことか……)


 康隆は冷や汗を吹き出しながらも警戒しながら尋ねる。


「鎌槌蜜柑ってのは……あの鎌やら槌を飛ばしてきた蜜柑の妖怪?」

「そうよ。あの真尼って女が居たせいで倒せたみたいだけど、本当はあそこで殺すつもりだったのよねぇ……」


 困り顔で指をほほに当てながら、あっけらかんと話す加奈。


(やっぱり主犯は彼女か……)


 康隆が屋敷で拾った茄子の根付は……彼女にかんざしをプレゼントしたときに簪に付いていたものだ。

 そこから康隆はここ最近の恐ろしいほど強い妖怪に当たることが多かったことから、彼女が疑わしいと感じた。


何故なら、


それ故にすぐに彼女のことが思い当たったので康隆が真っ先に気づいた。

続けざまに康隆は尋ねる。


「次に寛永寺で現れた砂糖男さとうおとこは?」

「あれは元々ここの下男よ。使えないから鵺にしたの」

「見覚えがあるはずだな……」

 

 砂糖男の顔に見覚えがあった理由がわかって、更に慎重に話を進める康隆。

 加奈は何一つ警戒しておらず、まるで目の前の男など取るに足らぬ虫けらのような態度だ。

 それこそ……軽くねじ伏せられるという『自信』が垣間見える堂々たる姿を見せる加奈。


「あの時も八つ手パンダをけしかけてこれなら大丈夫と思ったのに……………………あの武侠のおっさんと女法師が居たせいで殺しきれなかった……」


 あっさりと言い放つ加奈。


ガタガタガタガタ……


 外ではもはや大妖怪が居ることに確信を持っているのか、囲んでいる武士たちに殺気がともり始めた。

 ここでの話は外に聞こえているので、もう外ではどうやって倒すかを話している所だろう。

 油断せずに最後まで確認する康隆。


「最後に……穴昆田あなこんだの親分は君?」

「そうよ。あいつらを囮に火盗を全部全滅させるつもりだったのに……………………」


 そこで初めて顔をゆがませる加奈。


「あの蜘蛛女め! いきなり襲撃してきやがった! 油断してたせいで失敗したわ! あいつのせいで邪王屑のコントロールが効かなくなった!」

(ありがとう真尼姫様……)


 真尼の行動にはちゃんと意味があったのだ。

 ただ……


(でも、いきなり襲撃は法に触れるんだけどなぁ……)


 蜘蛛女ゆえの悋気りんきによって浮気相手を襲撃したつもりだろう。

 だが、その相手がよりにもよって妖人だったせいで返り討ちに遭ってしまったのだが、そのお陰で邪王屑が倒せたのだから結果オーライである。

 ただ、一つだけ気になったことがあった。


「何で俺を狙ったんだ?」


 どうやら鵺系妖怪を成長させるためにけしかけたようだが、別に誰でも良かったはずだ。

 それに関しては加奈が取るに足らないと言いたげに答えた。


「あんただけじゃないわよ? 他にも色んな男にやらせてたから。あんたがたまたま生き残っただけ。何人ぐらい食わせたかな?……30人より先は覚えていないわ」


 つまりは、他に犠牲者が沢山いたことになる。

 まるで人間など餌でしかないと言いたげな加奈だが、思い出したかのように忌々し気に叫ぶ。


「お前はたまたまあの女が居たから死ななかっただけ……あの糞女! 今度は絶対殺……」

「奥義! 諸手居合!」


ガキィン!


 康隆は両手の刀を居合斬りして見せるのだが、それを食らった加奈は平然としていた。


(な、何故だ……)


 


 康隆とて達人とは言えないまでも玄人と言える腕を持つ。

 なのに着物すら切れないということはあり得ない。

 加奈はにやりといやらしく嗤う。


「あんたは勘違いしてないかい? 私がただの妖人だと思ってたのかい?」

「まさか……」


 康隆には少しだけ思い当たることがあった。

 千住の近くに寛永寺があり、当然ながら僧侶が女遊びするなら千住だろう。

 そして……………………大妖怪『光延』は寛永寺の僧侶でしばらく雲隠れしていた。

 

 その間……彼はどこに居たのだろうか?


 加奈はにやりと笑って叫んだ!


!」


 その瞬間……


ぼがぁぁあぁああんんんん!!!!


 二人が居た店は吹き飛んだ!


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