第36話 江戸の三裁
翌朝……
江戸の朝は早い。
「豆腐~♪ 豆腐~♪」
豆腐売りの男が既に豆腐を売りに歩いている。
「ぶわぁ~~」
大きなあくびと伸びをしている丁稚が店の戸を開けて前を掃除している。
そんないつもの江戸の朝で、通りには人もまばらな様子なのだが……………………
ザッザッザッザッザッ……………………
朝もまだ早い時間なのに、火盗の全部隊が早朝の江戸の町を行進していた。
彼らの大半は昨晩大捕り物をして戦ったばかりなのに、その足で少しだけ休息を取ってすぐに出撃したのだ。
そのせいで、かなりボロボロになっているが、全員の目にやる気がともっている。
歩いている者たちは全員怒りの形相をしており、今にも何者かを食い殺さんばかりの闘志を燃やしている。
「ひっ!」
慌てて端に逃げる豆腐売り。
あまりの形相に、見ている人がただ事ではない空気を感じ取っていた。
しかもそれだけではない。
火盗が辻(交差点)でとある連中と遭遇したのだ。
ザッザッザッザッザッ……………………
同じように集まった武士の集団でこちらはこぎれいな服を着ているが、戦支度をしているので、同じように戦うつもりのようだ。
外で掃除をしていた丁稚が声を震わせる。
「あれは……………………北町奉行所の遠山金四郎様じゃないか!」
辻で合流したのは北町奉行所の遠山の金さんこと遠山金四郎が先頭を立っていた。
そこにもう一つの武士の一団が加わる。
ザッザッザッザッザッ……………………
同じような武士の一団が現れる。
それを見て、豆腐売りが叫んだ。
「南町奉行の大岡越前守じゃないか!」
両町奉行所の武士たちが集結したのだ。
そこに火盗も加わっているので、江戸の町を守る全警官隊が集結したようなものである。
火盗の長谷川平蔵、北町奉行の遠山金四郎、南町奉行の大岡越前。
彼らは『江戸の三裁』と呼ばれており、悪党を懲らしめる江戸の守り神である
その三人が集まるのはタダならぬ事態が起きていることを示す。
最初に口を開いたのは金四郎であった。
「平蔵殿。話は本当か?」
少しだけ困り顔で尋ねる金四郎。
それを代弁するかのように大岡越前も尋ねる。
「これだけ集めて何もなかったでしたでは済まされぬぞ?」
確かにその通りである。
奉行所の仕事は苛烈を極めており、大山鳴動して鼠一匹では許されぬ。
だが、平蔵は静かに後ろに居る火盗のボロボロの姿を手で指した。
「御覧の通りだ。確かに居ない可能性はある。だが、もし居た場合……わが火盗だけでは足りぬ」
それを聞いて顔をゆがませる二人の奉行。
「それほどの妖怪が居ると?」
「にわかに信じられぬ……」
流石に顔を曇らせる二人だが、そこは二人とも名奉行と言われた聡明な男である。
「しかし、この有様……」
「信じるしかあるまい……」
火盗の有様を見て首肯する二人。
そもそも火盗は現代で言えばSWATのような特殊部隊で、テロや暴力団などのデカい上に凶悪な犯罪を中心に取り締まる組織なのだ。
そんな精鋭警察部隊がズタボロになっているのだから信じるしかない。
「この者が案内いたしまする」
そう言って康隆を前に出す鬼平。
「この者の知り合いが主犯とのことです。そうとは知らずに付き合っていたようですが、この者自身も色々と思い当たることが多かったようです」
「なるほどのぅ……」
「そういったことか……」
何となく何が起きたかを察する二人の奉行。
康隆は静かに言った。
「ご案内いたしますのでこちらへ」
「うむ」
「わかった」
こうして、江戸の町を代表する『江戸の三裁』が全て揃って大捕り物へと向かった。
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