エピローグ

エピローグ

『――私は、アルベルニア連合王国第六十四代女王、ヘレナ・オーガスタ・ヴァクナです。私の娘、ルシルへ向けてこのメッセージを遺します――』


 黒の黎明からロンドンの街が解放された後。

 アルベルニアの民達は、国防有線通信を通じて今は亡き女王陛下の言葉を耳にした。

 それは彼女が娘ルシルに向けて遺した遺言であったけれども、多くの人々の胸を打ち、人々は生前の女王陛下へ想いを馳せた。


 そして女王陛下の遺言の後に続けて行われたルシルの演説は、その後の歴史にも、人々の心にも深く刻み込まれるものとなった。


『皆さんごきげんよう。

 私はルシル。

 王国の最前線たるドーバーの守りを託された、白鳩騎士団の団長。

 そして皆さんに愛された母、偉大なるアルベルニア連合王国女王陛下の娘です。

 私は本日、国に仕える騎士として、そしてアルベルニア連合王国王女として皆さんへお話しさせていただきます。


 皆さんは既にご承知のことと思いますが、この程ロンドンで多くの血が流れました。

 非常に多くの血です。

 愛する家族を、友人を、仲間を……。多くの人々が喪いました。

 深い哀悼の意を表します。


 そしてこの国は、今も苦しみのさなかにいます。

 終わることのないネフィリムとの闘争。先が見通せない不安。

 受け入れることのできない別れ……。

 ひょっとすると、もう死んでしまった方が楽だと思われる方もいるかもしれません。


 私達は余りにも多くの痛みを受けてきました。

 余りにも残酷な世界にさらされてきました。

 余りにも理不尽な現実に打ちのめされてきました。


 けれどだからこそ、私は皆さんにたった一つの事実をお伝えしたい。

 それは、あらゆる物事はいつか過去になるということです。

 この世の中には例外無く、永遠のものなどありません。

 どんな幸福もどんな不幸も同様です。

 そしてだからこそ、身を砕き努力することに意義が生まれる。

 例え醜くも足掻くことに価値が生まれるのです。

 如何なる残酷も不条理も等しく過去になるからこそ、例え何もかもを失ったとしても、未来だけは残っています。


 大切な人を失った悲しみが消えることはありません。

 しかし人にはそれを乗り越えて明日へと踏み出す力があるはずです。

 故に、今この時に広がっているあらゆる理不尽や困難は、いつの日にか遠い昔の出来事になると、私は確信しています。

 そしてそんな日を共に迎えられるよう、私は皆さんを先導する覚悟です。


 私はルシル。

 ルシル・シルバ・アルベルニア。

 母から頂いたこの名を背負い、この身この命が尽き果てる時まで、この国へ献身することを誓います。

 そして例え死したとしても、愛する国民一人ひとりの想いへ寄り添い、明日へ踏み出す一助となることを誓います。


 平和の象徴である白い鳩。

 それが世界中で優雅に飛び回る姿を見てみたい。

 ささやかな私の希望です。皆さんが共感してくれることを、願っています』


 以降、この国はルシル・シルバ・アルベルニアの下に団結し、新たな歴史を紡いでいく。


 後世の歴史家達は皆、人類のネフィリムへの反抗はこの日この時に始まったと評価する。

 そして白い鳩が平和の象徴であるという今日では当たり前に世界中で浸透しているイメージが、彼女達の活躍によって定着したものであるということは、言うまでもない。


 この当時彼女達が願った気高い想いは脈々と受け継がれ。

 今もなお世界は程々に素晴らしく、そして空は美しい。

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銀色の風に吹かれて カワナガ @kawanagaharuto

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