Blowin' in the Silver Wind
碧い海から吹き付けてきた風が崖を駆け登り、草を揺らす。
曇りがちな空も今日は気紛れに陽の光を見せていた。
白亜の崖、碧い海、緑の草原、蒼い空、白い雲。
そして、黒い魔鎧騎。
鎮座するその甲冑に身を預けるようにして、二人の幼い少女が寄り添って座っていた。
僅かに歳上であろう銀髪の少女が、隣に腰掛ける少女へ話しかける。
「それで? どうしてあんなことしようとしたの? 私がたまたま訓練でこの辺りを飛んでいなければ、あなた今ごろ海のもくずよ」
責めるような台詞を穏やかな口調で、あどけなさの残る声が紡ぐ。
金髪の少女は項垂れたまま、ぽつりと呟くように返した。
「しななければいけないから、しのうと思いました」
ぼんやりと、夢でも見ているかのような様子でそれだけ言う。
そんな様子に、隣の少女は肩を竦めた。
「あらそう。それはじゃまをしてしまったわね。ごめんなさい」
「いえ……。わるいのは、私ですから」
「でも、おじゃまついでに言っておくと、海で死ぬのはやめたほうがいいと思うわよ?」
「……どうしてですか?」
顔を上げ、小首を傾げる金髪の少女。
対して銀髪の少女は指を立て、言い聞かせるように説明する。
「海で死んだらお魚さんにからだを食べられてしまうのよ。すこしずつすこしずつ、かじり取るように、ゆっくりと骨だけにされてしまうわ。……そんなのいやでしょう」
「……しんだあとのことなんて、かんがえなくていいと思います」
「でも、海だと波にのみこまれて、暗い底へしずんでいってしまいそうでしょ。それだとお空の上にいけないかもしれないわよ」
「……おそらの上、ですか?」
「そうよ。死んだ人のたましいはお空の上にいくの。そしてそこで幸せにくらすの。死んでしまったなかまやかぞくとも、いつかはそこで会えるのよ。あなたはそこにいきたくない?」
そんな問いかけに、少女は口元に手をやり考える素振りを見せる。
それからゆっくり、ぽつりと答えた。
「いってみたい、かもしれません……」
「でしょ? だったら海で死んではだめね」
「……なら、どこでしねばいいんですか?」
「…………」
銀髪の少女は、隣に座る自分より歳下の少女をじっくりと眺めて、それから言う。
「……あなた、魔女でしょう」
「……そうみたいです。わかるんですね」
「私もおんなじだからね。……やっぱり魔女は、空で死ななくちゃ。せっかくお空の上の近くまでいけるんだから。地面の上や海の中で死ぬなんてもったいないわ」
「……でも、私、飛んだことありません」
「ためしてみたら? 鳥さんといっしょに飛ぶのは気持ちいいわよ」
「……いえ。私はいいです。私はわるいことをしたから、たのしいことをしてはいけません。ただしぬだけです」
少女は眩しそうに空を見上げてそう溢す。
そんな彼女に銀髪の少女は優しい顔を向けた。
「私、あなたがどこのだれかなんて知らないけれど、ひとつだけ教えてあげる。この世界にはね、えいえんに続くものはないんだって」
「……どういうことですか?」
「かたちあるものが壊れるように、いのちには終わりがあるように、つらいこともたのしいこともかなしいこともくるしいことも、いつか終わりがくるんだって」
言いながら、少女も頭上に広がる青空に目を向ける。
まばゆい陽の光に目を細める。
「それってつまりね、この世の中のぜんぶは、いつか遠くのものになるってことよ。どれだけつらいできことも、いつかは思い出さなくてもすむようになっているかもしれない。まあ反対に、今が幸せならその幸せを失わないようがんばり続けないといけないってことだけど」
「……いつかは遠くのできごとに。なるんでしょうか」
「生きていれば、ぜったいね」
そう言い切る少女の言葉は力強く、芯を持っていた。
揺らぐことのない意思がそこにはあった。
「私もね、今を過去にするためにがんばっているの。……どれだけの時間がたてばみとめてもらえるのか、どこまでいけば休むことができるのかもわからないけど……。でもその答えは、今の私にはわからなくても、この空のどこかにはきっとあるんだと思ってる」
そんな言葉を、金髪の少女はぼんやりと聞いていた。
まるで夢でも見ているように。
「……つよい人なんですね、あなたは」
「ええ。なんていったって、女王陛下を守る兵士だもの!」
「……ぐんじんさんなんですか?」
「そう、私は軍人。そしてそのうち、騎士になるの」
「きし……?」
初めて聞いた言葉なのか、あどけなく首を傾げる彼女に、少女は笑う。
「そうよ、騎士。この魔鎧騎にのって、空を飛んで、国を守るためにたたかうの」
「空を……」
「今は国を守るための煙でよごれてしまっているこの空を、私はいつの日かきれいにしたい。平和のしょうちょうだという白い鳩がそこを飛んでも、よごれてしまわないように。……それが、私の夢」
歌うようにそう語る少女の満面の笑顔に、金髪の少女は惹き込まれるような感覚を覚えた。
これまで胸の中にあった薄黒い蟠りがそっと漂白され、散っていくような心地よさ。
「すてきな夢だと思います。とても」
気付けば、そんな感嘆が溢れていた。
「きしって、かっこいいですね……。この黒いよろいも、すてきです。私、こんなにきれいな黒色は初めて見ました……」
「そう? ありがとう。でも黒色って、なんだか悪い人みたいで嫌じゃない? 私はやっぱり、白とか金色とかがいいけれど」
「そんなことありません! とってもかっこいいです!」
詰め寄るような称賛に、少女は恥ずかしそうに笑ってそれからゆっくりと立ち上がる。
そして純黒の装甲に手を添えて、彼女へ言った。
「……そんなに言うなら、いつかあなたに譲ってあげるわ。あなたが騎士になった時にでも」
驚いて少女を見上げる。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔が面白い。
「私がきしに、ですか……?」
驚く彼女に、少女は笑った。
「ええ、向いていると思うわよ」
その時、崖の上を一陣の風が吹いた。
撫でられた草が海のように波立つ。
舞い上がる。空へと連れていくように。
白亜の崖、碧い海、緑の草原、蒼い空、白い雲。
そして、黒い魔鎧騎に、輝くような笑顔の少女。
暗い世界に、光が灯ったような気がした。
銀色の風に吹かれながら、少女は思う。
きっともう、迷うことはないだろう。
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