3️⃣

 と、そこでマリアは足元が覚束なくなる。地面がぐにゃりと歪んだように上手く立っていることができなくなって、ガゼボのタイルの上を踊るようにして転んだ。ラウドが咄嗟にマリアの腕を掴み上げていなかったら、マリアはタイルに横転していただろう。


「なんか、身体、上手くいかない……」


 まるで身体の神経が切れてしまったかのように、身体が上手く動かせない。マリアはそれが不思議で、ぼんやりと視界に映るものを見る。どこがぼやけて見えるそれに、頭痛が走った。


「あれだけ広範囲の魔法連発してんだ。そりゃ動けなくなるだろ。頭も心も」


 当たり前だろと肩を竦め、ツヴァイが屋敷の方から駆け寄ってきた衛兵達に何か指示を出している。きっと首を片付けさせ、このガゼボを掃除させようとしているのだ。そうに違いない。


 マリアの思考はぼんやりとしていて、毒を飲んだ時のようにふわふわとしていた。幼い頃から少しづつ身体に害が及ばない程度に毒を摂取していたマリアは、一度だけ失敗して酷く眩暈を起こしたことがある。今はその時に似ている。思考が纏まらない。


「あ、{交換チェンジ}、洋服、戻して。{シールド}、戻っておいで」


 マリアが言うと、魔神は一瞬でマリアの洋服をリーロンが用意したドレスに戻してくれた。リーロンの元に居た魔神もすいっと彼の手から滑り出てきてマリアのカードホルダーに収まる。マリアは魔神達にありがとうと言おうとしたが、「無理をするな」とラウドに抱え直され言葉が途切れた。


 抱え直されて、彼の顔がよく見えた。顔を割るような痛々しい傷、片目は白く白濁しているからきっと失明しているのだろう。それでも、もう一方のまだ見えているだろう若竹色の方の瞳と共に心配そうにマリアを見おろしている。


「一度眠った方が良い。疲れただろう、オマエが眠っている間の安全はオレ達が保証する」


 力強い騎士の言葉に、マリアはふふっと笑い声を零してしまう。身体は自然と動いていて、彼の腕の中でマリアは彼のことを見上げるように姿勢を変える。その時、マリアの足より少し大きいサイズだったヒールが脱げてしまったが今のマリアには気にならなかった。腕の中でもぞもぞと動くマリアを落とさないように姿勢を低くしたラウドの頬に、マリアは触れる。


「優しいねぇ、ラウド」


 そして、ニンマリと無邪気に笑った。


「余興で人を殺したアタシのこと、心底軽蔑してるくせに」


 ラウドが目を見開き驚いて硬直した。マリアは一等美しく笑うと、「アナタは優しい子ね」とラウドの喉にキスをして、そのまま蕾が閉じるように静かに眠った。 

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