4️⃣

 残された男達の間に、微妙な沈黙が訪れる。こういう時、沈黙を追いやるのはいつもアインだ。頭の回転の早い彼は機転も利く。


 アインは「アハハッ!」と陽気に笑い飛ばすと、「見透かされちゃったねぇ」とラウドを揶揄う。


 ラウドは、自分の腕に身を預けて眠る少女の姿を見た。長い睫毛の下で閉ざされた瞳、血の気の引いた青白い肌、風が吹けば飛びそうなほど軽い身体。衣服で隠しているが、この娘相当に痩せている。それも不健康な痩せ方をしている。スラム街の孤児のように、満足に食事を与えられない子供のように。


 ラウドは鼻が利く。だがこの少女からは人殺しの香りがしない。馬車を降りて、門番をしている衛兵達に“田舎貴族”と侮蔑の目を向けられた時も、彼女はただ笑った。その笑顔だけで、己へ向けられる評価を“世間知らずの田舎貴族”から“麗しい男爵家令嬢”へと変えて見せたのだ。


 彼女をガゼボに案内しているまでの間、ラウドはずっと心配だった。今日のようなこのテスト、行われたのは初めてでは無い。詳細こそはアインが決めたものの提案したのはリーロンである。リーロンは縁談の話が持ち上がる度に、顔合わせに来た貴族のご令嬢にこのテストを行った。


『俺に嫁ぐ女がどんな女であるかを見たい』


 それが、リーロンがテストを行う理由だった。だがラウドは、これはリーロンが婚約を遅らせるために講じた策だと考えていた。


 殺し屋を殺せと言われた令嬢の反応は皆同じようなものだった。冗談だろうと疑い、本気だと分かればリーロンを批難する。そんな令嬢達にリーロンは一言、『ならば帰れ』と告げる。『お前は俺の妻には相応しくない』と。『そんな非人道的なことを行うなんて』と演技っぽく涙ながらにリーロンを説得しようとした令嬢は、その令嬢の父親が裏でいかに悪どい事をしているかをリーロンから聴かされ、本気の涙を流し走り去って行った。そうしてリーロンは、誰からの婚約話も受け入れることは無かった。


 そんな中、リーロンが自ら婚約話を持ちかけたのが、このマリア=ダントルトンである。ラウドはまたしても己の主の行動に頭を悩ませることになった。たしかにマリアは美しい容姿をしている。しかしそれだけだ。ダントルトン家は没落目前の沈み掛けの船。そんな船からわざわざ一人娘を引っ張り出して来る理由が、ラウドには分からない。貴族同士の婚姻は貴族と貴族の家の縁を繋ぐものであるとアインから教わったから余計に分からない。分からないが、リーロンのやることなのだからきっと意味があるのだろうと信じた。


 そして始まったテスト、マリアはどうするのだろうと傍観していた。結果はこの通り、十個の首が納められた。


 彼女は魔法に優れていた。それだけではない、魔力の枯渇で朦朧とした思考回路でもラウドが己を軽蔑していることを見抜いていた。口に出してしまったのはそれだけ判断力が鈍っていたからだろう。判断力が鈍っていなければ、彼女はラウドの本心など素知らぬ顔でいただろう。そんな朦朧とした中でも、ラウドに笑いかけ、『アナタは優しい子ね』と言い放った。


 頭の中に浮かんだこの感情はなんだ。ラウドはグッと唇を噛む。そんなラウドを、リーロンは菫青石アイオライトの瞳でジッと見つめていた。 

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