7️⃣

「話が違うじゃねぇか!! 楽な仕事だって!? 成功するって!!」


「『懸念点がある』とも話したろ? その“懸念点”ちゃんが予想以上に仕事の出来る子だったから失敗しただけだろ、喚くなよなぁオッサン」


 アインは俺の言葉をせせら笑うと、首をどこかに置いてきたのか血に濡れた手をドレスのスカートで拭っているマリアの腰を抱き寄せて、ケラケラと笑う。


「この可愛いの、マリアっていうんだけどさ。どのぐらい戦えんのかな〜って思ったら超ビックリ! 十人中九人殺しちまったよ、まだ始まって15分経ってねぇのに。まったく、なんで男爵家のご令嬢がこんなに強ぇんかね。サティサンガ家の邸宅護衛兵より強ぇんじゃねぇの? な〜マリア?」


「触らないでよアイン。アタシまだやること終わってないんだから」


 己の腰に巻きついた男の手を引き剥がして、マリアはスタスタと俺の方に歩いてくる。


「十人中、九人……?」


 呆然として、思わず反芻する。まさか、と思っていればアインが「ほら見てみろよ」と席を立ち、自分の背後にあった長テーブルを見せた。俺はそれを見て、それが何であるかを理解して、そして悲鳴をあげた。そこには今日共にリーロンの首を捕りに来た仲間の首が並んできた。先程牛男から受け取った首を合わせて九個。そしてマリアは『まだやることが終わってない』と言った。つまりあのテーブルに、一つだけ不自然に空いたスペースに置かれる首は俺の首。そこまで理解して、俺は絶望する。


「だ、だま、騙しやがって!! こんな、こんな……!!」


「騙してねぇっつ〜の。まぁなに? 『騙される方が悪い』って世の中出来てるわけだし、諦めろって。お前がマリアを殺せても、俺がお前のこと殺してたし。そもそも殺し屋雇えって言ったのリーロンだし〜?」


 もう訳が分からない。今すぐにでもここから立ち去りたい。しかし庭を立ち去ろうと踵を返した俺の前に、あの少女が立ち塞がり待ったをかける。俺の胸元までぐらいしか背丈の無い華奢な小娘一人、押し飛ばして逃げればいいのに、俺は自然と後退あとずさってしまってそれも出来ない。


 少女の瞳が、ジッと俺を見上げていた。熟れた林檎のような毒々しいまでの赤色の双眸が、俺を見つめて離さない。


「——“死にたくない”、よね」


 マリアが口を開く。


「生きていたいわよね。生きるためにはお金が必要よね。お金を得るためには働かなきゃいけないわよね。だからアナタは働いたのよね。その労働の種類がたまたま“暗殺”だっただけよね。だから責めないわ、アナタがあの人を殺そうとしたことを怒ったりなんてしない」


「てめぇ、何言って……」


「でも駄目よ、アナタは“覚悟”が足りない。生殺与奪の螺旋の上には常に己も存在することを忘れたアナタじゃ、アタシは殺せない。アタシを殺せる人は、殺される覚悟・・・・・・がある人だけだから」


 言いながら、少女はゴソゴソと腰元で何かをしている。どうやら腰に巻いたベルトを外していたらしく、外れたベルトは刀とナイフとカードホルダーをぶら下げたまま畳んでトランプゲームがなされていたテーブルの上に置いた。


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