5️⃣

「——速く逃げないと、ボクに捕まっちゃうよ?」


 ヒッと俺は悲鳴を上げ、慌てて立ち上がり女から距離を取った。俺の目の前に現れたのは“ツイン”の方らしく、子供が鬼ごっこをするような楽しそうな笑みで俺を見ている。


 俺は用心のために持っていた小型の手榴弾を投げ、ツインを威嚇し逃げ出す。あのナイフ捌きに勝てる気がしないから、逃げの一択しかとれない。


「ふざけやがってあの野郎……!! どこがガキ一人なんだよっ……!!」


 少なくとも今この森には、マリアとツイン、そして未だに姿は見えないが的確に暗殺者を射抜く弓矢の狩人スナイパーがいる。ガキ一人じゃない。アインの言っていることは間違っている。いや、はなからはめられていたのなら間違っていても不自然では無いが、にしたって一つ一つが凶悪すぎる。


「ね〜ね〜、逃げたって“死”の運命は変わらないよ? マリアは『殺す』って言ったら絶対にソイツを殺すもん。でもマリアは慈悲深いから、苦しまずに死ねる毒を用意してくれてる。その毒で死んじゃえば? ボクはそっちの方がいいと思うよ、だって鼠みたいにバタバタ足掻き回るの、見てて見苦しいもん」


 俺の後を追走するツインが、そんなことを話しかけてくる。その手に握るナイフの刃は簡単に人の皮膚を切り裂けるし、柄を挟んだ刃の反対側は熊手のようになっていて人間の顔をアイスクリームでも掬うかのように抉れることを知っている。仲間の一人が顔面を抉られて、その時零れ落ちた片目が筋繊維などで絡まっているのかまだブラブラと熊手の位置で揺れていた。


 それだけの惨たらしい殺戮を行っているというのに、まるで親しい隣人にでも話しかけるようにツインは俺に話しかけてくる。


「それにさ〜、キミ達ってとっくに詰んでるんだよね。この庭は{迷宮メイズ}のせいで出口は一つしかないし、その出口も出口じゃない、地獄への入口だよ。毒で殺された方が幸せだと思うのになぁ、少なくとも顔面を抉られるよりはさ、ね?」


 ぺちゃりと頬になにか濡れた球体状のものが当たった。反射的にそれを手で払って見れば、ぶら下がったままだった仲間の眼球だった。


 俺はついに耐えられなくなり悲鳴を上げる。頭を抱えてひたすら走る。ツインは俺を追い掛けて来たが、そのナイフを振るうことはなかった。


 走って、走って……俺はあるガゼボの前に辿り着いた。鬱蒼としたこの庭の中に、その場だけ光が差し込んでいる。そこでは美しい四人の青年が中央のテーブルで向かい合いトランプゲームに興じていて、先程までの悪夢のような体験が嘘のようであった。


 現実離れしたような光景に呆けたオレは、しかしその四人の中に依頼人であるアインが居ることに気付き、詰め寄ろうとした。


 だが。

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