第57話 嫌われた⁉①
両親へのカミングアウトの翌日──。
今日は、週に一度のレオナールとの顔合わせの日だ。
温泉王を目指すとふざけたことを言っていた兄から、とんでもない秘密を聞かされ頭が混乱する私は、アリアの対策を考えるどころではなかったのが、実際のところ。
まあ、そうだとしても気にしていない。
とんでもない阿保だと思っていた兄が、相当の策士。その兄がレオナールは私にべた惚れだと言い続けているのだから、記憶喪失のふりのことは、何とかなるだろうと感じているのだから。
結局無策のまま、レオナールの屋敷へ招かれている日を迎えたわけだ。
彼から伝えられていた時刻通り、ラングラン公爵家の従僕が我が家に来た。
気が逸り、外へと勢いよく飛び出そうするその矢先、申し訳なさげな表情を見せる年配の従僕から、引き留められた。
「お待ちくださいませ。レオナール様から言伝でございます」
「言伝ですか?」
「今日の面会は中止にして欲しい、とのことでございます」
「中止ですか……」
「はい、申し訳ございません」
「彼は他に何か仰っておりませんでしたか?」
「いいえ、他には何も仰っておりませんでした。わたくしが承った言伝は、それのみでございます」
「そうですか……それでは伝言を受け取りましたわ」
そう一言伝え、立ち去るラングラン公爵家の従僕の背中を見送った。
なんだかぽっかりと穴が空いた感情になっているのは、ラングラン公爵家に行くつもりでいた私の予定が、急に空いたせいだろうと、このときは気にもしなかった──。
◇◇◇
それから一週間経っても、レオナールから何の音沙汰もない。
いつもであれば、週に一度、必ず会っていたうえ、その間にも手紙が届いていたのに、それがぱったりとなくなった。
その理由は考えるまでもない。
レオナールの妹が、彼に私の話を聞かせたからだ。
彼が私にベタ惚れだからと油断していたが、どうやら考えが甘かったみたいだ。
記憶喪失のふりをしていたのを怒っているのかもしれないし、何度も告白じみたことを言っていたのに聞き流していた私に嫌気がさしたのかもしれない。
外へ出る気力もなくなった私は、すっかり部屋にこもりきりの時間を過ごしている。
そんな私の部屋へ「入るぞ」と言った、遠慮の欠片もない兄が訪ねてきた。
もしかして、手に何か抱えていないかしらと思ってすぐさま視線を向けたが、何も持っておらず手ぶらだ。
「ははっ、レオナール様からの贈り物でも届いたと思ったんだろう」
「……うん。でも違ったわね」
「なんだ、たった一週間彼から連絡が来ないだけで、すっかり元気がないな」
「別に……」
「ふ~ん、そう。それでエメリーは何をやっているんだ?」
これまで何年分も捨てずに溜めてあった貴族新聞を引っ張り出してきて、目ぼしい記事を集めていたため、私の部屋中に古新聞が山積みになっているのだ。
そのうえ、机の上には切り抜いた紙面がたくさん散らばっている。
兄の鉱山の話を聞いてから、宝石の勉強をしようと始めたものだ。
これまで貧乏を拗らせていたせいで、アクセサリーなんて興味もなかった。
けれど、兄が鉱山を買ったとなれば、このまま無知ではいられないと思ったから。
これまで知らなかったが、どうやら宝石にはカットに流行があるようだし、石の種類によって見せ方が違うようだ。
「もう結婚にこだわるのはやめようと思って。勉強を始めたのよ」
「ん? 結局、レオナール様との婚約を解消する方向で決めたのか?」
「いいえ。彼との婚約は私が逆に利用するわ。偽装婚約の契約は五年だったから、その間、放っておいても私は彼の婚約者のままでしょう。お兄様がレッドダイヤのことを発表したときに、私は公爵家の婚約者に収まっている方が、都合がいいもの」
「まあ、そうだろうけど。そんなに新聞を集めて何の勉強をしているんだ?」
「私が宝石の勉強をしていたら、お兄様の役に立てるかもしれないでしょう。お兄様が結婚しても、私のことを邪険にしないで家においてくれるかしら」
私を家から追い出さないでねと、静かに見つめた。
「どうしたんだ? レオナール様に少し会えないだけで、そんなに意固地になるなよ」
「どうやら私はすっかり嫌われたみたいだし、お兄様のすねをかじって生きていこうと思ったのよ」
「やけになって何を言ってんだ?」
「別にやけになっていないわよ。お嫁に行くより、お兄様の傍の方が居心地が良さそうだもの」
「居心地が良いって言われてもな……」
「──そういえば勉強を始めて知ったんだけど、宝石ってきちんと手入れが必要なのね。使うたびにきちんと拭かないと、痛むらしいわよ。お母様から借りている宝石がくすんでいるのって、今までちゃんと手入れをしていなかったからなのね」
「ぶふっ、エメリーでも勉強すれば、令嬢みたいな話もできるようになったんだな」
嬉しそうな兄に、噴き出して笑われたため、拗ねながらこう言った。
「今さら遅いけどね」
「まあレオナール様が本当に迎えに来ないなら、ずっとこの家にいればいいさ。俺は気にしないぞ」
「……ありがとう」
力なく答えると、兄から頭をくしゃくしゃにしながら撫でられた。
よくよく考えてみれば、私とレオナールの婚約は、二人の間での口約束にすぎない。婚約誓約書に署名を書いた記憶もなければ、家同士で取り交わした書類もないのだ。
披露パーティーという手法で、強引に世間に知らせただけ。
もしもこのままレオナールが何も言ってこなければ、自然消滅してしまうのだろうと、うすうすながらに感じる。
私が決定的に振られたことが分かるのは、彼が別の令嬢と婚約したと、貴族新聞で知ったときだろう。
◇◇◇
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