第56話 どっちが真実②

「だから何度も教えただろう」


「どうしよう、私ってば彼にいっぱい酷いことを言ってしまったわ」


「それでもエメリーのことが好きなんだから、彼は相当に趣味が悪いな」


「もう! お兄様がいつもふざけているから混乱するのよ」


「エメリーがレオナール様の言葉をまともに取り合わないから、おかしくなったんだろう。まあこれで何にも問題はないだろう。明後日会ったときに、記憶が戻ったと伝えてもエメリーがちゃんと話を聞けば、変な方向には進まないさ」

 そう言って兄が微笑んだ。


「こうなったら私……レオナールに全部を打ち明けるわ」


 そこまで聞いた兄は満足した様子で頷くと、扉へ向かう。部屋から出る直前に振り向くと念を押すように告げた。


「世間にはしばらくレッドダイヤのことは伏せておくんだから、迂闊に喋るなよ」


「うん、分かっているわよ」


 兄から偉そうに言われたけれど、レッドダイヤのことなんて気にならないくらい、レオナールのことを考えてしまっている。


 アリアがレオナールに告げ口をすると言っていたけど、レオナール曰く私たちは心の距離が近いのだから、記憶喪失のふりはきっと許してくれるはずだ。


 そう考えると早く彼に会いたい──。


 そんなことを思いながらこの日は眠りについた。


 ◇◇◇


 翌朝──。

 食事中に両親へ記憶が戻ったことを打ち明けることにした。


 にもかかわらず、なかなか切り出すタイミングが見つからないため、食後のコーヒーをちびちびと、時間をかけながら飲んでいる。


 私だって、何度か「あのね」と言ったのだが、頭に花の咲いた両親が話をそらしてしまうのだ。


 そうして今、当の両親ときたら、二人の世界に入り込んでイチャイチャしている。


 とても似た者同士の両親は、相変わらず仲が良い。

 子どもの前だと言うのに、朝から互いの頬にキスをし合っている。


 いい歳をして何をしているんだかと思う反面、なんだかそんな両親が羨ましく思える。


 もはや、今朝は無理だなと思う私は諦めようとしたのだが、そう考えていなかったであろう兄が切り込んだ。


「お~い。俺たちの前でイチャイチャするのはやめてくれよな」

 やれやれと言わんばかりに、兄が両親へ水を差す。


「ダニエルだけ恋人がいないからって、私たちにやっかむな」


「俺のことは関係ないだろう。ってか、エメリーから二人に話があるんじゃないのか?」

 そう言った兄が私に顔を向けると、もたもたせずに、両親へ記憶が戻ったと言えと、目配せされた。


 こうなれば、さらっと軽く流すように言おうと口を開く。

「そうなんです。聞いてくれますか、お父様、お母様」

「どうかしたのか?」


「実は、私の記憶が戻りまして」

「まあ、それは良かったじゃない」

 花を咲かせたような笑顔を見せる母が言った。


「いやぁ~、これはめでたいな。これでレオナール様もお喜びになるだろう」

「レオナールが喜びますかね……?」

 記憶喪失のふりをしていた私が、記憶が戻ったと適当に言っているだけなのに、疑問を一切抱かない残念な父へ、問いかけた。


「エメリーのことを心配して、コーヒーに入れる砂糖の量から、パンに塗るバターの量、寝る時間、何から何まで質問攻めにあったから間違いないさ」


 ぎょっ! 本人から聞いていたから何となく知っていたけれど、調査内容を具体的に聞かされると、想像以上のストーカーっぷりに顎を外す。


 数週間前の自分であれば、ガクブルもので、一目散に逃げていただろう。


 それなのに今は、レオナールってば何をやっているんだかと、呆れ半分に笑えるくらい、すっかり感覚が麻痺している自分が、なんだか恐ろしい。


「レオナール様はやけにチーズケーキにこだわっていたから、早速作ってあげると喜ぶわよ」

 楽しそうな母が言った。


 以前のレシピは頭の中から消去したため、今のところ、作れない事実に変わりはないのだけれど、「左様ですか」と心にとめる。


 案の定、頭に花の咲いた両親二人の反応は、呑気なものだ。


 普通であれば、何がきっかけで記憶が戻ったとか、記憶が混乱していないかとか、気になるだろうに……。


 彼らに限っては、全く聞いて来ないのだから、どこまでも頼りないなと肩を落とす。


 ともあれこれで一つ、両親を騙すという、心苦しい設定からやっと解放され身軽になった。


 こんな調子で「レオナールへのカミングアウトも、うまくいきますように」と願う私は、緊張する反面、嘘がなくなる関係を、心待ちに感じてしまう。


 ◇◇◇

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