第55話 どっちが真実①
家に着くまでだんまりを決め込んでいた兄が、私の部屋を訪ねてきた。
着替えもせずにソファーで座っていた私は、冷めた視線を向ける。
レオナールに騙された自分も悪いが、兄も彼の仲間だったのだ。
誰も信用がならない状況に、怒りの感情が湧く。
「エメリーには全部話すから、機嫌を直せ」
「全部話すのは当たり前でしょう。今まで私に隠し事ばかりするのが、おかしいのよ」
「俺としては、記憶喪失のふりさえ碌にできないエメリーに隠していたのは、大正解だと思っているぞ」
「だから誤魔化さないでよ。あの山は、温泉レジャー施設のために買ったんじゃないのかしら? 何年掘っても温泉が出ないから、みんなに笑われていたじゃない」
「始めからあの山は、宝石が採掘できると見込んで手に入れたものだ」
「は? どうしてそんな突拍子もないことを思いつくのか、意味が分からないわ」
そう言うと、灰色の石が付着した約二センチ四方の赤いガラスを机の上に置いた。
「七年前の話だ。俺が買った山から二十キロメートル離れた川岸でそれを発見した。初めはただの石の付着したガラスかと思ったが、ガラスの中にも不純物が入っているから宝石だと見込んだんだ」
「えっ⁉ 嘘でしょう……。赤いから、まさかルビーなんて言わないでしょうね?」
「いいや、これはルビーではない」
「そうよね。そんな高価な宝石が採れるわけないか」
「硬度の高いルビーで擦ったら、ルビーの方が傷ついたからレッドダイヤだ」
「え? えぁ⁉ レッドダイヤって……そんな凄いものをお兄様が持っているってことなの」
「そうだ。レッドダイヤを耳にしたことはあっても、見たのは初めてだが、間違いない」
「それがどう飛躍して山を買ったのよ」
「エメリーは、ダイヤが採掘できる地盤を知っているか?」
「知らないわよ」
無知で悪かったわねと、少し恥ずかしげに返せば、そうだろうなと苦笑いされた。
「そもそもダイヤが採れる地盤は決まっているんだ。俺がこのレッドダイヤの原石を拾った位置、川の流れ、周囲の地盤を全て合わせると、これが元々あったであろう場所が分かったんだ」
「それが、お兄様が買った山だというの」
「ああそうだ。十八代前に王城の騎士団長だった人物が褒賞として与えられた、キャンベル家所有の土地だと確信したから買ったんだ」
「代々受け継いだ土地なのに、どうして所有者は気づかなかったのかしら?」
「所有者の暮らす場所からあの山は相当遠いからな、受け取って一世紀以上、山を放置したまま使っていないんだ。それなら俺が買っても文句はないだろうと思って手に入れただけだ」
「だからって、何も温泉を掘っているって私まで騙さなくても」
「温泉と言っておけば、採掘作業を進めても怪しまれないから都合が良かったんだ。そこから湧き出る温泉の湯を奪いに来る者はいないが、宝石を掘っていると知られれば、どんな窃盗団が現れるか分からないだろう」
「それなら、家族である私たちには、本当のことを教えてくれても良かったのに」
「我が家の連中は、みんなどこか抜けているからな。うっかり喋るだろう」
「あの両親と一緒にしないでよ」
「大して変わらないだろう」と、呆れ口調で返された。
納得がいかないものの、腑に落ちない疑問をぶつける。
「レッドダイヤの鉱山があるなら、我が家はとんでもないお金持ちよね? 私とレオナールの結婚にこだわっていた、お兄様の意味が分からないわ」
「鉱山から宝石を掘り、金に変わるまでには何年もかかる。それに原石を採取するのに膨大な採掘費用がかかるからな。その資金と採掘技術が欲しかったんだ」
「ふ〜ん、そう。お兄様のビジネスの条件をよくするために、私のことを利用したってことがよく分かったわ。でも、ラングラン公爵家にとっても大きなチャンスですもの、私が絡まなくても、お兄様のお仕事はうまくいくんでしょう。もう、これ以上、私を巻き込むのはやめてくれないかしら。レオナールとの婚約は白紙に戻すわ」
「いいか。大事なことだからよく聞くんだ」
眉間に皺を刻む兄が言った。
そんな怖い顔をするのは見たことがないため、「何よ」とぽつりと返すのが精一杯だ。
「レオナール様はレッドダイヤなんか全く気にしていない。エメリーしか見ていないんだ」
「どうして分かるのよ」
「俺がラングラン公爵家に話を持っていった時期より先に、彼はエメリーのためのドレスを用意していたからな」
「それは本当なの?」
「レオナール様が意識のないエメリーを自分の傍に連れていきたいと申し出たとき、俺は断ったからな。彼は俺を説得するために、ドレスの納品書やらいろいろ見せてくれたから疑いようがない」
「じゃあ、レオナールは本当に私のことが好きなの──」
「パーティーの夜、エメリーが怪我をしたと知らせを受けたレオナール様の取り乱した姿は、うちの両親より酷かったぞ」
「嘘だ……直前まで大喧嘩してたのよ」
「エメリーが死んだら自分もすぐに追いかけるからと、治療する医師を脅していた彼を見られなくて残念だったな」
「私は騙されているんじゃないの?」
「ああ。この間にエメリーが見てきたレオナール様の姿が、嘘も偽りもない姿だろう。感情的になって焦って答えを出すな」
「レオナールが私を好き……」
それを口にすると、照れくさくて胸がくすぐったい。
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