第42話 親バカと嫁バカと制作バカはどちらがマシなのか。
実はこの時クリンは盛大に勘違いをしている。マクエルが驚いているのは、少年が一気にあれこれと作り出した事に対しての驚きだと思っていた。
一般的では無い物をあれこれ作れば不審がられるのは想定できたので、それに対する予防線として、
『実は大して珍しい物では在りません。普通にその辺にある物です』
的な印象操作でこれからもアレコレ作る予定なので警戒されないための調教……もとい、予め説明する事で警戒を解かせるのが目的でこんな話をしていた。
しかし、マクエルが驚いているのは——勿論少年が作った物に対してもだが——何よりも、少年の容姿に対してである。
クリンはウッカリと失念しているのだが、彼の体の元になったのはゲームの世界のキャラクターである。元は十四歳の時にデザインしたキャラクターで、今はそれよりも大分幼いがセルヴァンがゲームキャラを元に成長と共にその姿に近づいて行く様に調整されている。
つまり。クリンの外見はゲームクリエーターによる入念なデザインを元にクリンが容姿を調整し、それを元に異世界の神が現実化させている訳である。
HTWと言うゲームは日本のメーカーが作り出した国産ゲームだ。某国製のゲームなら某団体がとても元気なので色々と配慮がなされてしまうのだが、日本は萌え文化の国である。
当然ゲームキャラはほぼ無条件で美形に仕上がる様に調整されている。勿論意図的に変なデザインにすれば話は別だが、それでも変なの範囲で収まる程度でありデザインとして成立する様に補正が掛かる。
クリン・ボッターのキャラデザも、デフォルトデザインに当時好きだったアニメの主人公のテイストを入れ込んだだけで特に美形にデザインした訳では無いのだが、ゲームデザイナーの補正が入り中々の美少年となっている。
「それを元にしている」のだから、当然美形である。幼児の身体になって居てもその片鱗は残っており、眉目秀麗で五歳と言う年齢なのでともすれば少女に見える中世的な顔立ち。それがクリンのこの世界での容姿である。
これまでは拾われて一度もマトモに風呂に入っておらず、伸ばし放題の髪はボサボサで前髪が顔の大半を隠し、壁と屋根が有る以外はほぼ野外と変わらない納屋で暮らしていた少年は埃と泥にまみれ、上等とは言え着古されて洗いざらしただけのつぎはぎだらけの服を着ていたので、控えめに言って浮浪児にしか見えていなかったのだ。
それが服を洗濯し石鹸とリンスで洗い風呂に入り磨かれてしまい、本来の容姿が顕わになった。マクエルにとっては「浮浪児を美少年に変えたトンデモ洗浄パワーの石鹸」に見えてしまっていたのだ。加えてボサボサではなくなり滑らかなサラサラヘアーになったリンスもスーパー秘薬としか見えなかった。
だからあれ程に狼狽し、それを簡単に作ったと言い放った少年に驚愕と脅威を感じていたのだ。
因みにクリン自身は、この村に鏡など無いので自分の変貌ぶりなど分かって居ない。汚れが落ちてサッパリしたね、位にしか考えていなかった。
認識の違いによる大いなる齟齬と言うヤツである。
「まぁ、お前さんの作った物が誰でも作れるような物だってのは解った。要するに、ちょっと洗っただけでそこまで変わる程にお前さんが汚れてたって事な訳だ」
「ムグッ……まぁ、そうなんですけれども。水だけじゃやはり汚れは完全におちませんからねぇっ汚れていて悪かったですね、フンッ!」
「ハハッ、拗ねるなよ。しかし……まさか嫁さんが髪に気を使って居たとは知らなかったぜ。まさかそんな事してたなんて、もういい歳なのによぉ……ご苦労なこって」
何故かニヤニヤしながら言うマクエルに、クリンはジットリとした目を向ける。
「ええと、そういう夫婦間の危険な発言は僕にしないでいただきたいですね。夫婦喧嘩に巻き込まれるのはご免ですよ」
「あ? 何言ってんだ、喧嘩なんてするわけないだろ。幾つになっても俺の為に綺麗でいてくれようと努力してくれる嫁さんだぞ? そんな事しなくても元から美人なのに、俺の為に手間かけてくれるなんて最高に可愛いじゃないか!!」
「あ~……はいはい、ノロケも他所でやって下さい。なんだよ、ディスってるのかと思ってたら自慢してやがったよこのオヤジ」
「おう! 自慢の嫁さんだっ!! あ、なぁさっきそのリンス?とかいうローズマリー汁に酢を入れたって言っていたよな。それ何の酢でもいいのか? 沢山入れればいいのか? それを作ればウチの嫁さんがもっと綺麗になるって事だよなっ!?」
クリンの嫌味も意に介さず詰め寄り捲くし立てる様に聞き出して来る。
「えっ? まぁ酢は何でもいいですが……香りとか刺激とかの事もありますし、ワインビネガーが使い勝手がいいと思います。量は少なくていいです。大体一割、ローズマリーの煮出し液九に対して酢一でいいです。あ、でもそれだけだとそこまで効果で無いですよ。やはり石鹸も使わないと……」
「じゃあ石鹸くれ。簡単に作れるんだろ? なら分けてくれっ! それで嫁さんが更に綺麗になるならお前も嬉しいよなっ。なっ!?」
「うわ、二号は嫁馬鹿だったのか……もしかしてこのパターンだと一号は親バカ!? いや、それよりも、結構量があるのであげるのは問題ないんですがまだ二日しか経っていないので鹸化が全然進んでないので今渡してもそんなに意味無いですよ?」
「鹸化ぁ? 何だそれ?」
「石鹸は出来たてだとそんなに洗浄力強く無いんですよ。化学変化……は解らんか。時間経過で石鹸として完成させる事を鹸化と言います。使って使えない事は無いですが、本当の石鹸になるのに一ケ月は待たないと」
「え~そんなに待つの?でもお前は昨日使ったんだよな。それでそこまで落ちるなら十分使えるんじゃないのか?」
「まぁ……僕の場合は……認めたくは無いですが汚れが酷かったので緊急で使っただけです。鹸化が終わらない石鹸は泡が出ないですし、直ぐにボロボロと崩れてしまいますよ」
「あー……それじゃぁ勿体ないわな……よし分かった。じゃあ一ヶ月後だ!一ケ月後に石鹸を分けてくれっ! なっ! いいよなっ!!」
ガシッとクリンの肩を掴みガクガクと揺さぶるトマソン。余りにもの押しの強さと衝撃にクリンは思わず顔を顰めながらも頷いてしまう。
「え、ええまぁ構いませんが……と言うかそんなにされると泥が付きますよ!? ちゃんと渡しますから揺らすの止めて離れてくれませんかねっ!?」
「よし、約束だからなっ? ああ、コレで俺の嫁さんがもっと綺麗になるっ! いやぁこれ以上綺麗になって目立って他の男共に嫉妬されても困っちゃうんだけどな!」
「この嫁馬鹿親父……本当にこの手に付いた泥を塗りたくってやろうかしら……」
「おん? 泥て何……って、マジでなんだ!? お前の手泥だらけじゃないか!」
ようやく少年の手や足が泥にまみれている事に気が付き慌てて飛びのく。
「おまっ!? 髪とか顔とか服とか綺麗になったかと思って油断してたわっ! 何でそんなに泥だらけになってんだよっ!?」
「何んでって……粘土で色々作る作業していましたから、そりゃ泥だらけにもなりますよ」
「粘土? 作業って……おわっ!? よく見たら本当に色々出来ていやがるっ!? なんだこりゃ……ってもしかして日干乾しレンガ作ってんのかコレ? 向こうにゃ変な土器ができているしよ……ありゃ皿か何かか?」
言われて気が付いたようで、辺りにかなり正確な長方形で並んでいる土の塊の列を見て驚きの声を上げ、その横にある見た事の無い土のブロアーに訝し気な視線をおくる。
「ん~……日干しでも良いかと最初は思っていたのですが、大した量じゃないし焼きレンガにしようかと。向こうのは皿じゃなくてブロアー……で通じるか? 無理か。アレは
「鞴ぉ? それって確か空気を送る奴だよな。良く鍛冶屋が使っている奴」
そう言いながら両手をブシュブシュと何かを押しつぶす様に動かす。
「アレって、確か木と皮で出来ているんだよな。土で作れんのかそれ? 」
マクエルが想定しているのは手押し式の鞴だ。皮袋に金口を付けて、板で押しつぶす事で風邪を送る、Aの形をしたアコーディオンみたいな構造の物だ。前世でも西洋圏では古くからこの形状で使われている。
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