第11話 鍵を取り違えられた相手

 鍵の取り違えが発生したのは、ギャルが遊園地でジェットコースターに乗ったとき。彼女の友人である『サッちゃん』が何らかの『目的』のため、貴重品ロッカーの中を物色したために起きてしまった。


 ──いまはそこまで説明したな。


 自分の言動を振り返りながらに話を進める。

 人のことを『犯人』呼ばわりしているのだから、一言一句だとて言葉を間違えるわけにはいかなかった。自分の言葉選び一つで、一人の少女の名誉が損なわれる可能性がある。責任は重大だ。


「お兄さん、教えて。サッちゃんの『目的』ってなに?」


 そしてギャルの方からも真剣な声音こわねで質問される。

 推理を聞いて、いてもたってもいられない様子だ。

 俺は努めて真摯しんしな気持ちをもって答えた。


「それを俺も考えたんだ──けれど、分からないとあきらめた」

「分からない?」

「ああ」


 サッちゃんの『目的』は推察のしようがない。なにせあまりにも情報が足りないのだ。現状で彼女の『目的』が理解できるのであれば、それはいっそもう予知能力の域である。

 彼女の動機ついては、いまは棚に上げるしか方法はない。


「だから一旦、彼女のことは脇において、また違う観点から推理をすることにした」

「そんなっ──」


 しかしギャルの方は不服そうな顔をしてこちらをにらんでいる。

 友人のことを好き放題に『犯人』などと、なか弾劾だんがいするような物言いをされたのである。何とかしてそれを否定したかったのであろう。しかし残念ながら、俺にはそれを受ける義理がない。


「いまは我慢してほしい。大丈夫、必ず後でまた言及するから」

「本当だよね?」


 ゆっくりと相手を落ち着かせるように声をかける。すると彼女は恨みがましい目を向けながらも、ようやく納得してくれた様子だった。

 俺は「約束する」と力強く頷いた。

 

 すると会話が一旦、宙に浮く。


「さて、それじゃあ──もう一度、最初から推理をしていくことになる」


 そこで話を切り替えるべく、殊更ことさらに強い口調で口火を切った。

 今まで考えついていたすべてを保留にして、また新たな事件解決への糸口を見つける。その作業は実際、とても苦慮くりょするところであったと彼女に告げる。


「それはもう、ああでもない、こうでもないと、頭を捻っていたんだ……すると君の話の中に一つだけ、どうにも『おかしいな』と思う点があることに気づいた」

「おかしなところ?」

「そう」


 頷くと彼女は「それはいったい何?」と問いかけてくる。

 俺はそれに答えるために、一つの質問を彼女へと投げかけた。


「今現在、俺と君は、こうしてコタツを取り囲んでいるわけだけど──」

「うん」

「他のみんなはいま、何をしていると思う?」

「何をして……って、普通に家に帰ってのんびりしてるか、時間的にもう寝ているんじゃないかな?」

「うん、でもそれはおかしい」

「おかしいって、何が?」

「君が家の鍵を間違えて持っているから、帰宅することができていない人物が一人はいるはずだ」

「え……あっ──」


 そこまで述べると、彼女も気がついた様子である。

 今回の話は『鍵の取り違え』というのが事件のキモである。そのために彼女は家に帰宅することがかなわず、寒い廊下に閉め出されてしまったのだ。そしてそうであるならば、もう一人、同じように家から閉め出されてしまっている人物がいるはずなのだ。

 言わずもがな、それは『鍵を取り違えられた相手』である。

 それなのに──


「もういい加減に、返信があってもいい時間じゃない?」


 ギャルはすでに『鍵が取り違えられている』ことを関係者各位に連絡しているのだ。それなのに、未だ誰からも返信がくる様子がない。


「みんなにメッセージを送ってから、もうだいぶ経つよね?」

「うっうん」

「でもまだ返信がない。それを君は『みんながSNS断ちをしているから』という理由で納得していたみたいだけど……『鍵を取り違えられた相手』その人だけには、その理屈は通らないと思う」


 だって、そうだろう。


「いくらスマホを見ない習慣が身についているのだとしても、さすがに『家に帰ることができない』っていう非常事態にまで、スマートフォンを確認しない事情がちょっと考えられない。もしかしたら、電源が切れているのかもしれないけれど、昨今さっこん、近所のコンビニに行けば充電ぐらいできる」


 本来ならばもうとっくに、何らかのリアクションが返されているはずだと、俺はギャルに伝えた。すると彼女は俺の言葉に強く納得したのか「確かに」と頷いた。


「だから一つ予想をたててみた。君が『鍵を取り違えた相手』、その人は


 外の様子を眺めながらにそう言い放つ。

 街の光は大人しくなり、舞い散る雪が街全体をしめやかな夜の底へと沈めている。


「ちなみに、遊園地で解散した後に『このまま実家に帰る』だとか『飲み会に参加する予定がある』だとか言っていた人はいなかった? もしそうなら、その人が君の家の鍵を持っている可能性が高いんだけど」


 尋ねると、彼女はブンブンと首を振って答える。


「ううん……みんな自分の家でのんびりするって言ってた」


 なんでも遊園地からの帰り際に、彼女はクリスマスパーティを発案したのだそうだ。遊園地で高まった興奮をそのままにオールナイトで遊びたおそうと提案したらしい。しかし残念ながら、賛同してくれる人はなく、そのまま解散という流れになったとのこと。


 そしてその際に、全員が『このまま家に帰る』と言っていた、と。


「だとすると、君が『鍵を取り違えた相手』というのは、遊園地からそのまま家に帰るつもりが突発的な『用事』が発生して未だ家に帰り着いていない、ということになる」


 そしてその『用事』とは何かを考えると、俺にはどうしても無視できない要素があった。


「そこで今日は『クリスマスイブ』だったなぁってことを思い出した」


 それは、誰もが大切な人と大切な時間を過ごす、聖なる夜である。

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