玄関前で解決編

第10話 単刀直入に言ってしまうと

 外の雪は深々しんしんと降り積もり始めていた。昼間の熱が残るアスファルトなどには積もらずとも、車のボンネットや、植木の上などに薄っすらと白い層が出来始めている。

 時刻もすでに深夜だ。

 誰も彼もが眠りにつき、街はひっそりと静まりかえる。

 そんなシンとした世界を眺めながらに、俺はゆっくりと真相を語り始める。


「単刀直入に言ってしまうと──『犯人』はサッちゃんだ」

「は……はあ?」


 するとあまりに直裁ちょくさいに言いすぎたせいか、疑問の声が挟まれた。「犯人って……どういうこと?」


 俺は当然の疑問だろうと思い、用意していた解答を告げる。


「順を追って説明していこうと思う。ちょっと長くなるけれど聞いてくれるかい?」

「あ、うん。大人しくしてる」

「ありがとう」


 彼女が神妙に居住まいを正すのを見て、俺も心を決める。

 これから語る内容はそれなりに複雑で厄介だ。真相の伝え方一つで、彼女たち友人グループの友情に小さな亀裂きれつを生じさせる可能性すらある。無責任に面白おかしく話をするわけにはいかない。俺は細心の注意を払いながら、おもむろに口を開いた。

 まずは彼女の友人の一人を『犯人』と称した理由から述べていこう。


「君の家の鍵が取り替えられた事象について、最初は偶然の事故だとか、無作為的なアクシデントを想定してみたんだけれど、無理だった。神様の奇跡でもない限り、ポケットの中の鍵が違うものにすり替わるなんて、そんな不可思議な事象は発生しない」

「う、うん」


 戸惑いがちなギャルの様子を確かめつつ、続く言葉を告げる。


「そうなると、遊園地の貴重品ロッカーで取り違えが起きたと考えるしかないんだけれども、そこでもやっぱり、故意的に人の手が加わらないと事件が発生しない状況になっている」


 ロッカーの中は区画整理がされており、物の配置が管理徹底されていた。通常なら万全ばんぜんの体制なのである。自然にしていて取り違えが発生することはありえない。それならばこれはもう、誰かしらの作為的な介入があったと考えるほかない。


「そして、それができる人間はサッちゃんしかいなかった」


 ロッカーの鍵を持っていたのは彼女だ。そうでなくとも、他の全員がジェットコースターに興じている間に単独行動できた彼女にはアリバイがない。状況証拠のみで『犯人』と断定するのは心苦しいものがあるが、彼女にしか犯行がなしえなかったことは間違いないのだ。


「それじゃあ、私たちがジェットコースターに乗っている間に、サッちゃんがロッカーを開いて、私の家の鍵を取り替えたってこと?」

「そういうことになるね」

「なんのために?」

「そこなんだよね」


 いい質問をしてくれたとばかりに頷いてやると、彼女は先を促すように「いいから教えて」と言う。けれど、それを説明するには、やはり長ったらしい解説が必要になるので「落ち着いて、順を追って話すから」と宥めすかした。


「普通に考えたらイタズラ目的だけど……それにしても意図が不明だし、大学生の女性がやることじゃない。サッちゃんって娘がいわゆる『不思議ちゃん』ならば考えられないこともないけど……?」

「サッちゃんはとても良い娘だよ。ちょっと大人しくて控えめだけど……だからこそ、人が困ることをして笑うなんてことをする娘じゃない」

「うん、そうなんだろうね」


 ギャルの目を見ると真剣そのものである。

 その顔には信頼する友人の汚名をすすごうという気概きがいすら感じられた。

 もちろん俺としても、見ず知らずの人間をただの非社会的な困ったちゃんだと決めてかかるつもりはない。だから当然、違う目的があるのだろうと考えた。


「サッちゃんには明確な『目的』があった。それが何かは判明しないけれど、そのためにこそロッカー内を物色する必要があった。そして物色をしていたからこそ、各人の同じキーホルダー付きの鍵を取り違えてしまう結果になった──僕はそういうふうに仮定した」


 そこで一度、ギャルの方を見る。

 彼女は真剣な顔をして、俺の話へと耳を傾けていた。思いのほか、話がきな臭い方向にむかってしまったせいだろうか。愛嬌のある笑顔が鳴りをひそめている。友人のことを思えば、ふざけてなどいられないといった表情だ。

 俺はそんな彼女を安心させるべく──


「大丈夫。心配だろうけど最後まで聞いてくれ」


 と言った。


「さて、物色すると言ったとて、ロッカーの中には主だって、ミカさんのかばん、サブローくんの財布、ジュンペーくんのメガネがある。サッちゃんはこのうちのどれに用事があったんだろうか?」

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