第9話 謎はすべて解けた……

 未だ不明瞭な点はあるが、ことのあらましが理解できてきた。そうなると、その推論を磐石ばんじゃくなものにするためにも色々と考えるべきことがある。


「うーん……あと一歩なんだけどなぁ」


 しかし、頭をどれだけひねくりまわそうとも、詰めきれない箇所かしょがあった。あと一つ、パズルのピースが埋まらないような感覚。しばらくは無言で、麦酒を飲みつつ、それが何かを考え込んだのであるが、どうにも上手くいかない。よって一度、今の考えをあきらめることにした。今はまだ、推理をするのに必要な要素が足りていないということなのだ、これは。


 そうとなれば、違った視点からの情報がまた必要となる。

 俺はギャルへと向き直る。さらに質問を重ねるためにである。


 しかし彼女は嬉しそうな顔をしながら、みかんに麦酒とクリスマケーキという節操のない食い合わせを楽しんでいた。その様子に呆気に取られてしまい、つい彼女の行動に意識が向いてしまう。

 彼女は今、麦酒をクイッと傾けつつ外の雪を堪能している。

 その横顔を見ながらに思った。


 ──本当に綺麗きれいな娘だな。


 均整のとれた顔立ちに、健康的なプロポーション。格好こそ派手であるが、似合っている。

 くたびれた社会人の身では、とてもではないが太刀打ちができそうにない娘だった。加えて性格も明るくて愛嬌あいきょうがある。成り行きとはいえ、こんな良い娘とコタツを囲んでいる我が身が、不思議に思えてならない。だって今日という日はクリスマスイブであるから──


「──そういえば今日ってクリスマスイブなんだっけ」


 ぼんやりと呟いた。

 するとそんなボヤキを聞きつけて彼女が言う。


「そうだよー。誰もが大切な人と大切な時間を過ごす、聖なる夜だよ」

「はは。そんな聖なる夜にこんなサラリーマンにつき合わせて悪かったね……って──」


 途端に思考が活発になる。


「……いま『大切な人と過ごす』って言った?」

「へ? あ、うん。言ったけど」

「そうか、そういやクリスマスってそんな日だったな」


 一年の中で、最も『愛』という概念を意識させられる日。

 それを理解すると、まるで霧が晴れ渡るかのようなひらめきが生まれた。


 ──そういえば、これまで話を聞いていて、不思議に思ったことがある。


 当初こそ特に気にせずに流していたソレが、一度気づくと、とても重大な要素であったことを理解する。よくよく考えてみると、いかにソレが不可解な出来事であるかが分かってきた。


 そのときふと、俺の頭の中に、一つの仮説が浮かび上がった。その仮説は、今回の件について、全てに説明をつけることができるものである。


 ──あとは確証が欲しい。


 俺はグルグルと回る思考の勢いのまま、ギャルに尋ねた。


「ねえ、彼氏とか彼女っているのかな?」

「ふぁ?」


 すると彼女はこれまでになかった反応を見せる。しばらくキョトンと目を丸くしていたかと思うと、急に慌てたように答えを返してきた。


「だっだから、私は彼氏募集中だって言ったじゃん。な、なになに? 突然、真剣な顔して迫ってきちゃって、もしかして今から私と──」

「あ、ごめん。君の彼氏のことじゃなくて、今日遊園地に行った友人たちの恋人事情が知りたい」

「ていっ!」

「あいたっ!」


 手刀を受けて悶絶もんぜつする。

 それなりに痛かった。


「何するの?」

「お兄さんは減点十げんてんじゅっポイントです」


 その後、やけにぷりぷりと不機嫌になるギャルをようやくなだめすかして、返答を得る。


「ミカは彼氏と別れたばっかりで、サブローは彼女いない歴、イコール、年齢な男子。ジュンペーだけは彼女がいるけど、遠距離恋愛で年末になるまで会えないって言ってた。そしてサッちゃんはずっと片想いの男の子がいるって聞いてたけど、告白したって話は聞かないね」


 ふむ。


「そうなると、今日は誰も恋人との逢瀬おうせを楽しんだりしていない、って考えて大丈夫そう?」

「うん、そうだね。今頃みんな、自分の家でのんびりやってると思うよ。元々今日は、クリスマスぼっちだけで集まって遊園地に行ってたからね、言ってて悲しくなっちゃったけど」

「なるほど、それは確かに悲しい」

「もっかい殴るよ、お兄さん」


 にこやかな笑顔を向けられて、両手をあげて降伏の姿勢を示す。

 すると彼女はようやく癇癪かんしゃくの気をおさめてくれた。


「うん、なるほどね」

「いったい何が『なるほど』なんだか」


 俺が満足したように納得すると、いぶかしむような視線を受けてしまう。苦笑して誤魔化したら、彼女は「もうっ」と小さな憤慨ふんがいを見せた。


「それで、今ので何が分かったの? そろそろ何を考えているのか教えてくれても良くない?」

「ん、ああ。ごめんごめん」


 そういえば、ずっと熟考していたので彼女にはなんの経過報告もしていないことに気づいた。それはさぞらしてしまったことだろう。俺はこれまでの不親切をびるように、彼女へと声をかける。


「これで全部、分かったよ」

「へ……全部って、どういうこと?」

「ん──君のかぎの行方がわかった」

「マジで!?」


 驚くような声を受けて、少々得意げな気持ちになってしまう。

 しかし同時に、不安な気持ちも抱いてしまった。『全部、分かった』などとうそぶいてみたものの、まだ正解かどうかは分からない。あくまで推理とは推察をすることであり、確定した事実ではないのだから。


 ──推理小説の探偵役って、どうしてあんなに自信満々なんだろう? 見ようによっては、ただの痛々いたいたしい人なのに……失敗すれば自分の妄想を語っただけの道化役だ。


「まあ、たとえピエロになったしても、酒の席なら、ご愛嬌」


 自身に言い聞かせるように呟く。聖夜の道化ピエロなんて需要があるのかは分からないが、酒のさかなぐらいにはなるだろう。


 俺はついに覚悟を決めて、口を開いた。


「謎はすべて解けた……かもしれない」


 踏ん切りをつけきれないのも、またなんとも俺らしい。





──────────────────────────────


 次回より解決編となります。


 主人公が導き出すのは──


『ギャルの家の鍵を、誰が持っているのか?』

『どのような経緯で、鍵の取り違えが発生したのか?』


 の二点です。


 解決編に向かう前に、推理してみるなどしてお楽しみください。


 なるべく筋道だった解答を用意するつもりではありますが、ご納得いただけない場合は、申し訳ありません。ひとえに作者の力量不足によります。とはいえ精一杯に書き表すつもりでありますので、お付き合いいただければ幸いです。


 面白いと思っていただけたのであれば、☆レビュー等のご評価いただければ嬉しいです。

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